ヨハク

@chibichibibier.bsky.social

絶望と孤独のあいだで 今夜も息を吐き出すだけの作業 前向きな話の入荷予定なし 皮肉は必要量のみ配置 明日の光は こちらの都合を無視して勝手に訪れる物理現象 寝坊というエラーすら上書きして 世界は素通りしていく 期待は置いていって ここは 夜が過ぎるのを待つだけの記録地点

麻婆豆腐に甘口を選ぶ奴は 人生の半分を損している 本物のシビれを知らん奴はアホかと そう思っていた なのに四川専門店の激辛を 一口食った瞬間 脳内の全回路がショートした 痛い 旨味ゼロ ただの暴力 でも「辛いやんけ」なんて 弱音を吐いたら 連れてきたツレの前で ボクの通ぶった発言が 全全全全否定される この地獄のドロドロを 「この花椒のシビれが本場なんだよ」 とドヤ顔で言い張り 笑顔でスープまで完飲してみせた 本物を理解する男というポジションを 守るためだけに 胃袋を丸ごと差し出す醜い取引 自分の見栄に命を削っているだけなんだ 喉の奥から 予期せぬ大きなしゃっくりがひとつ跳ねた

他人の小さな失敗を見た瞬間 口元だけを真顔にしておく 笑うと性格が悪い 心配そうにすると人ができている 少し黙れば事情を理解している大人 という具合に顔面で三択を始め 最後は「別に羨ましくないし」 まで勝手に付け足す 相手が困っている横で こちらは黙って 顔だけを選んでいる ところが相手は 机の下の消しゴムを拾い 何事もなく使い始めた 親指だけが スマホの画面を二度つけて 二度消した 画面には何も届いていなかった 通知欄も空白のままだった

返信が遅れると面倒になるから と自分に言い訳をし みんなで笑っていた連絡先を 画面の上から順に消した 翌朝、通知が一つも来ない部屋は静かで 身体だけが勝手に警報を鳴らし 切ったのは人間関係だと思っていたが あのテンションを維持する係を 辞めただけなのかもしれないと気づいた

元気な日に約束した集まりへ 行けなくなったことだけを送った そのあと、グループの通知を切った 誰にも怒られなかった 誰も追いかけてもこなかった 冷めた自分が 関係を切ったのだと思っていたが 最初からそこでは 動ける日の自分だけが 会員だったのかもしれない

"もう無理"と言いながら 紺のきつねを食べる 何が無理なのかは まだ決めていなかった ただ油揚げが美味い夜に 今日一日の重さを 少しずつ足していた これほど美味いのは きっと今日が重かったからだ もう一口すすった 湯気が上がるたび 何もなかった一日に ひとつずつ重さが増えた よくやった と勝手に値札を付けた ただ そういうことにしておいた 湯気が消え カップの底が見えた 何も残っていなかった 箸で油揚げを探したが もうなかった

SOSを自分で出せる人間は まだ計算ができている 自販機の横で 大袈裟にため息をつき 通行人の視線を盗んで 被害者ぶる 自分が一番損をしている そんな顔をしておけば 過去の言動のツケを うやむやにできるという 汚い企み 絶望の看板を掲げて 他人の同情を乞う姿は ただの傲慢な 承認欲求の裏返しだ 隣のベンチに座った男が 缶ビールのプルタブを引く

嘘をつくコツは 本当のことを九割混ぜることじゃない 本当のことを言うときの顔で 一番どうでもいいウソを一つ混ぜるんだ 「昨日は深夜に寝た」は本当で 「白湯を飲んだ」だけを嘘にする この無意味な一粒で 脳が勝手に相手より上の階層に立つ 自分だけの小さな秘密が ありがたいお説教を 下々のノイズに変えてくれる わざと目を泳がせると 奴はボクの揺らぎを見破った気になって 満足そうに頷いた 返事の代わりに ポケットのレシートを爪で引き千切った

早朝に急に湧いてくる焦りは 精神が繊細だから起きるんじゃなくて 今日の自分の無能さが バレる前に逃げ道を打つための ずるい予防策でしかない 目覚ましより二時間早く起きることで 「あー体調最悪だわ」 という不可抗力をあらかじめ仕込み ミスも連絡の遅れも 全部病気のせいにできる状態を確定させる この早朝覚醒を “深遠な恐怖と戦う可哀想なボク” として脳内で美化する 二重の狡猾さまで巡らせておけば 完璧に責任から逃げ切れるという計算だ そうやって 絶望の深さを演出している最中 手首のスマートウォッチは 脈拍数毎分五十八という 完全に平常な数字を冷たく表示している

相手の顔色に合わせて 頷いておけば 自分が悪者にならずに済むから いつも都合よく 理解のあるふりをする 波風を立てる手間や 嫌われるリスクを 全部相手に押し付けて 自分だけ安全な位置で 評価を回収する計算 そうやって いい人であり続けることで 相手が抱える 面倒な後始末や負担から ずっと逃げ続けている 言い訳を飲み込んだまま 壁に預けていた背中に ぐっと体重をかけ直した

真夜中のビル群が 透けたガラスみたいに僕らを閉じ込める 濡れたアスファルトに落ちた ネオンの破片を 踏みつけないように歩いた キミの影がすこしだけ ボクの影をかすめて そのまま夜のなかにほどけていく 壊したいと叫ぶ代わりに 信号の赤が静かににじんだ 誰もいない歩道橋の上で ガラスを切り裂くような冷たさが 胸の奥でひっそりと破裂している 愛していると言えば この街の静けさを壊してしまうから ボクはただ呼吸を止めて キミの視線が消えていくのをみている 破片になった言葉たちが 夜空のすきまに散らばって 誰にも聞こえない叫びのまま とおくへ とおくへ 落ちていく

脳内で完璧な論破手順と 復讐の正当性を組み立てながら 自販機で買った コーラのキャップを 勢いよく捻り上げる 怒りの熱を押し殺すように 一気に流し込んだ液体が 予想を超えた冷たさで 食道の途中で痙攣を引き起こす 激しい炭酸の逆流が 鼻腔を突き抜け 脳内のロジックもろとも 盛大に路上へ噴き出す むせ返る胸元を押さえ 涙と鼻水で グチャグチャになった顔を シャツの袖で ガシガシと拭いながら ゲップと一緒に吐き出された炭酸の泡と 路上に広がる 褐色の液体だけを見つめて硬直する

点滴チューブの液滴が 1秒おきに一定の速度で落ちていく 手首の静脈を指で擦るたび 皮膚の下の流れがわずかに揺れ 体の内側だけが規則から外れていく 差し出された親切の数だけ 肩がすくみ 体の輪郭を薄くする動作が いちばん体力を奪っていく 言葉より先に 存在の密度が減っていく感覚 点滴は同じ速度で 落ち続けるのに 自分のほうだけが 静かに消耗していく 外側の規則性と 内側の乱れが 同じ空間でずれたまま並んでいる

白湯を飲む人間の 丁寧な自意識が鼻につく 白湯とは 要するにただの熱湯であり そこに白んだ精神を付け立てて 有難がるのは 一種の自己催眠に過ぎない と冷めた思考を巡らせながら マグカップへ湯を注ぐ 立ち上る湯気を冷笑し 自身の醒めた知性を噛み締めた刹那 一口目の湯が 上顎の粘膜を強烈に焼き焦がす ジュッと嫌な音が頭蓋に響き 舌の表面が脱熱して ザラザラとした異物へと変わる 高尚な批評は瞬時に霧散し 激痛に顔を歪めて冷水機へ走り 蛇口に口を寄せて下品に水を飲み干す 口内に残るのは 白湯の美学などではなく ただただ水ぶくれを起こしかけた 上顎の鈍い痺れと 惨めな体温だけである

一定の間隔で肘や肩の支点をずらし マットレスの上で体勢を変える 綿のシーツに体重を預けるたび 布地にはゆっくりと細かい跡が刻まれていき 触れた部分のわずかな凹みとして残っていった 朝五時 アラームに合わせて起き上がり 背後の布団を見た瞬間 そこには身じろぎを繰り返した痕跡が 固まったしわとして荒く残っていた "よく眠れた"のではない 一晩かけて布地を踏み荒らした質量が そのままそこに残っていた

立ち上る湯気の向こうで 鴨南蛮と名付けられた器の中に 身慣れた鶏肉が並んでいる 期待していた本物とは違うものが 差し出され それに対して 文句ひとつ言わずに 箸を進めている自分に気づいたとき ふと奇妙な違和感が走る 間違っているのは 目の前の料理ではなく 最初から "客"という役割を従順に演じ続けている 自分自身の側ではないのか? すり替えられた肉を 黙々と噛み締める口元の冷たさだけが リアルに存在し 正しい注文を求めていたはずの意思は あやふやにボやけていく 正しい返答も怒りも訪れないまま ただ平然と咀嚼を続ける自分の口元と ぬるくなっていくつゆだけがそこに残っている

完璧なアイデアだと思って ノート一面に書き殴った文字を 明るくなった部屋で読み返す そこに並んでいるのは 支離滅裂な単語の羅列で 昨夜のボクが 高揚感の中で 何を企んでいたのかさえ思い出せない 何でも変えられると 信じ切っていた勢いはどこへ行ったのか 手元に残ったのは 汚い手書きの紙くずと ずっしり重い疲労感だけだ 溜息をつくでもなく ただその紙を小さく折りたたんで ゴミ箱へ放り込む 世界は何も変わっていないし ボクも相変わらずここにいる 氷が溶けきったグラスの底に 水滴の輪が残っている

生きていることが恥ずかしい と思うたび それを ”まだ生きているからだ” と言い換えていた 恥ずかしいと思うたび まだここにいることだけは わかってしまう だから、恥ずかしさを捨てられない 捨てられないまま また今日も自分の中に置いている 恥ずかしいと思う自分を嫌いながら その自分だけは置いていけない 恥ずかしいと思う自分を嫌いながら その自分がいることだけは なぜか確認してしまう 今日も そこに置いたままになっている

不摂生を語る 語るということは 少なくとも不摂生というものを 口の外へ出したということで これは少し進んだように見える だが、その口でまた何かを口へ運ぶ 出す口と入れる口が同じなので 話は急に妙になる 不摂生を口にしているあいだに 何かを口へ運んでいる 反省しているのか していないのか そんなことは書かれていない ただ 語る口があり 運ぶ動作がある そして その手前で立ち止まっている 何かをやめられないから 立ち止まっているのかと思ったら そうでもない 語ることはしている 口も動いている 動いているのに この手前で止まっている 口だけは、なかなか忙しい

眠れないまま 午前四時を過ぎると 死にたいという考えが 急に もっともらしく見えてくる 不満の提出先も 不満の内容も わからないまま 人生の結論だけ 暗いほうへと向かっていく 参加届も 出した覚えがないのに 午前四時を過ぎると 参加していない人生にまで 口を出したくなる 数時間眠れなかっただけで 人生まで信用できなくなるくせに そのまま 人生の最終審査に 自分を提出しようとしている

手術の説明を聞いているあいだ ボクは何度も頷いた "大丈夫です"と言うたび 医師の顔を確認する 帰宅して鞄を開けると 手渡された書類と 入院の案内だけが入っていた 説明の内容は何も覚えていない 身体の決定をする場所で ボクが費やしたのは "聞き取りやすい声で返事をする" という作業のコストだけだった

“あの人は事業に失敗したから”と 人は他人の悲劇に 1つの見出しを貼りたがる だが、 人を自殺に追いやるのは 巨大な1つの絶望ではない 仕事のミス 重い不眠 返信のない画面 足の踏み場もない洗濯物 それらが狭い部屋の中で 同じ時間に一気に重なったとき 逃げ場が消える 午前3時 鳴らないアラームの横で 天井の模様を数える 1つの物語ではなく 日常の重複が 息をする隙間を物理的に埋めていく

鏡の奥の黒目が 脳内だけで空回りするゴミくずを 確実に捕らえて離さない 八割の悩みは考えすぎだという 誰かがタイムラインに捨てた 安価な正論を免罪符にして 肥大化した醜い自意識を 今夜も優しく撫でまわしている 吐き出した息が 洗面台の白い陶器に当たって消える 手首に触れた 充電端子の金属的な冷たさが じわじわと突き刺さる フローリングに反射する LEDの青い光と スリッパの底が擦れる乾いた音 不均等に繰り返される呼吸が 脳内のノイズと同期していく パーセンテージだけが 増えていく画面を閉じて コンセントを引き抜く いや 今夜はブレイカーから落とそう

“少し寝過ぎた”と送信して スマホを握ったまま改札へ向かう 信号が青になり 横断歩道を渡るけど 歩幅は少しずつ狭くなり 前を歩く人との距離が開く 階段では一段飛ばしだった足が 一段ずつになる ホームまであと数十メートル 通知欄には送った言葉だけが残り 足元には遅くなった歩幅だけが残る

診察室で "どうしても外に出られない" と告げると 医師は手元の端末に "適応障害・要安静" と打ち込み 処方箋を印刷する 紙を受け取り薬局で薬をもらう 提示したはずの身体の激しい拒絶は 分類コードと 投与スケジュールの数字へ変換され 指定された日付に 通院を繰り返す工程へと組み込まれる 言葉とは 個人の内にある苦痛を 解明する道具ではなく 社会という 巨大なシステムが エラーを出さずに処理するための データ変換器だ

暗い部屋で”死にたい”と検索すると 相談窓口の番号が表示される 親指は通話ボタンを押さず 電源キーを長押しする 光が消えた画面には 誰からの通知も届かず 暗いガラスに 自分の輪郭だけが映る 画面の向こうに どれだけ番号が並んでいても 本当に苦しい時に 自分の部屋まで届く手はない あの番号は救うためにあるのではなく “救助窓口は用意していた” という国や企業の 責任逃れのために置かれたポーズに過ぎない 画面が暗転した瞬間 人は自分が完璧に一人であることを 突きつけられる

面談室に “体調配慮に関する確認書”が置かれ ペンが差し出される サインが記入された瞬間に 書類は格納され 翌朝、タイムカードのラックから ボクのカードが消え 別のカードが挿し込まれる デスクの引き出しの底で バラけたクリップが音を立て 社内チャットの送信者名は “削除されたユーザー”へ変わる “お体に気をつけて”の声と同時に 入館カードが回収され、自動ドアが開く 体調や痛みの訴えを ”配慮”という書類で 回収し処理する行為は 会社が手を汚さずに 異物を消去する静かなシステムだ

人間関係の構築とは、相手の気まぐれというサイコロの出目に、こちらの一方的な膨大な労働コストを賭け続ける非対称なギャンブルのこと。

額の汗を拭いながら 床の拭き掃除を繰り返す 缶の空き口に残った数滴の液体が フローリングへ垂れ 雑巾の手応えを重くする 現実の思考を止めるために 胃へ流し込んだアルコールは 肉体の処理能力を超えた瞬間に 激しい嘔吐反応を起こし 摂取前よりも 凄まじい疲労感だけを骨に刻む 忘れたかったはずの記憶や不安は 1ミリも摩耗せず アルコールを分解するために 消費された水分のせいで 喉の乾きだけが激しくなる 逃避のための飲酒とは 苦痛を消去する行為ではない 明日払うはずの体力を前払いし 買い取った苦痛を その日のうちに前倒しで回収する処理に過ぎない

“今日は無理”と言えば 理由を聞かれる “また今度”と言えば 予定を決め直すことになる だから断らず 頼まれたことは引き受けてきた 返信もすぐ返した 相手の予定が変わらないように 自分の予定を何度も後ろへ動かした 病院の予約の日も 頼まれれば時間をずらした 自分の用事なら後回しにしても 誰も困らない “ちゃんと生きる”と決めた結果 最後まで守らなかったのが 自分との約束になった

手帳のマス目に ボールペンでびっしりと 予定を書き込み 余白を定規で区切って タスクの数字を埋める 開いたMacのチャット画面に カーソルを置いたまま 1文字も打ち込まずに画面を閉じ キャビネットから 分厚いバインダーを取り出して 卓上の右端へ隙間なく積み上げる 誰の画面にも 助けを求める文字を送信せず 自分ひとりの卓上だけに 処理不能な紙の山を固定する動作 これは追い詰められた悲劇ではない 仕事を他人に分配して 不手際が生じた際の 責任や叱責を回避し 破綻した瞬間に "これだけ一人で抱えていた" と言い切るための無罪の証拠を 机の上に物理構築している