いま話題の誕生色で模様をつくれるサイトのさろのやつを見かけてふと思ったんですが、ブロパの衣装ってもしかしてお互いのバースデーカラーがベースになってたり、する?さすがに考えすぎですか……
hれきの人々から見たふたり、きっとささらが猫みたいな自由さでろしょうをいつも振り回してるようなイメージなんだろうけど実際はろしょうの方がよっぽど危なっかしくて自由人ネコチャンでいつでもささらの心をめちゃくちゃにしていく側なのほんとうにかわいくって気が狂う
もう今ささろにデュエットしてほしくてふたりのことしか考えられない、期待と不安とワクワクで心臓弾けそう どうしよう絶対絶対デュエットしてほしい もし今わたしがなんか困ってる流れ星とか見つけたら確実に助けてからデュエットくださいデュエットくださいデュエットください!!ってお願いする(そして降ってくる例のチケット🎫 )
ブロパ2だ!どつデュエ揃えたいな〜ささらとれ〜のデュエ欲しいな〜とか思ってたのに……推し𝖢𝖯が漫才するチャンスがあるなら何度だって漫才してほしいよ さろに投票するしかなくなっちゃうよっっ
むかしは傷つくのが怖くて異性愛規範に迎合して、恋愛の話をふられた時にわざと“彼氏”にするなら〜……とかのワードを選んだりしていたけど、確かにそこにいるわたしと同じような人たちの存在を否定して傷つけること、誰かに息を殺させることに加担してる、って気づいてからやめたな みんなが少しずつ想像力を持てる世界であってほしい
わたしが人に推しCP(ささろ)の説明をするとき絶対に話すようにしてる好きポイント:お互いに相手のことはもちろん相手の大切にしているもののことも尊重しあっていること、これからの人生ずっととなりで一緒に歳をとっていくこと←これがふたりの言葉のやりとりによって確定していること
カップリング=恋愛だと思ってなくて、というかあまり思いたくなくて 互いの存在が唯一無二のひかりであることやこれからの人生/日常喜怒哀楽をいちばんにあなたに共有する(したい)関係性であることが大事だと思っているので、あらゆるジャンルでわたしはCPと呼んでいる組み合わせでも恋愛性愛は含んでいなかったりもする
夏休み人に勧められてちいかわの原作と映画を履修してから、今まで気にも留めなかった街中に溢れているちいかわを認識するようになって、なんというかこういう世界に色がつくような感覚をもっと体験したいと思い最近になってやっといろいろ見たりしている
ばんぷ大好きで中学のときから病めるときも健やかなときもずっと聴いてきたけど、FireSignと孤独の合唱は特に絶望したときに聴いている 沁みる 生きる
折れないでいよう 折れないでいようねーと自分に言い聞かせつつ、いつかはこんな言葉だって必要なくなる日が来ることを願っている 本当なら誰だって、沈みたいときは思いきり沈んでいいはずなのに そんな隙すら許さないスピードで悪い方向に進んでいくいまの社会が本当に嫌いだ はやくひっくり返そう
もうはやくこんな国捨てたいと毎秒思いながら生活していますが、なにもかも投げ出すにはあまりにも大切なものが多すぎるのとわたし(たち)の加害の歴史と罪から逃げ出すような人間にはなりたくないという思いでなんとか折れないでいる
でも「友達でいたい」と願って解散を受け入れたあの瞬間こそ、ささらにとっての「相方」ということばの重さを人生におけるろしょうの存在が上回った瞬間だとも、思う
ささら、昔も今も“相方”という概念そのものに執着していて、ろしょうへの感情はどこか別のところにあるような感じがする もちろん相方としての彼も愛しているけど、18で出会ってはじめて本気で繋がりたいと思ってしまった相手は、あまりにも人生において存在が大きくなりすぎて……言葉にならない
幼い頃からずっと漫才師に憧れてて、二人でするのがかっこいいって、相方を探していたときにたまたまオモロいやつ♪って見つけて近づいたのがろしょうだったのに さいごは相方って肩書きを捨ててでも友達でいたいと願ったのが、、泣
片や相手の将来のために解散を切り出し、片や相方という肩書きがなくなってでも繋がっていたくて解散を受け入れ、だけど結局離れ離れになってしまって それでもずっとささらはろしょうにとって尊敬する人で道しるべで追いかけ続ける雲の上の飛行機だし、ろしょうはささらにとって解散しても🎤がなくなってもいつだって自ら選びとりその足で会いにいく帰る場所です←愛じゃないならなんだという話で
そういえばきのうなんば16時台にお邪魔してました 円盤で擦り切れるぐらい観てても、やっぱり映画館がいちばん楽しくて心が動いてわたしは🎤が好きだなあという気持ちになれる 長く続いてくれて本当にうれしいよ