今週の更新は無いのですが、季節外れのインフルエンザになってしまったのでおまけのイラストも無しになります。 皆さんも体調にはお気をつけてください。
モクモクれん/Mokumokuren
@mokmok-len.bsky.social
「光が死んだ夏」という青春ホラー漫画を描いています。 自分の漫画の話をしますので、興味がある方はよろしくお願いします。 I am drawing a youth horror manga called "The Summer Hikaru Died."
ちなみに、雪はヒカルを完璧に受け入れることが出来たわけではないので、ヒカルとあのまま一緒に長く暮らし続けていたらどこかに綻びが出ていました。
ちょっと前に飛行機の中で実写版のスティッチを見ました。 「光が死んだ夏」は個人的にはスティッチとちょっと近いテーマを描いてるつもりです(幼少期から好きな映画です)
私は人間社会に紛れる人外のキャラクターが好きですが、そういったキャラは「人間がどれだけ素晴らしいか」ということを示すための舞台装置として使われがちな気がするんですよね。 それはそれで面白く好きなのですが、私はずっと人外の話が読みたかったのです。 私はこの話を「人間と人間の話」ではなく「人外と人間の話」と言いましたが、モンスターのヒカルは人間同士の関係の深さ素晴らしさを表すための媒体では無く、主体性をもった一個人として描いています。 そういった人間として、最近ではプロジェクトヘイルメアリーのオチが特に好きでした。
私は人間社会に紛れる人外のキャラクターが好きですが、そういったキャラは「人間がどれだけ素晴らしいか」ということを示すための舞台装置として使われがちな気がするんですよね。 それはそれで面白く好きなのですが、私はずっと人外の話が読みたかったのです。 私はこの話を「人間と人間の話」ではなく「人外と人間の話」と言いましたが、モンスターのヒカルは人間同士の関係の深さ素晴らしさを表すための媒体では無く、主体性をもった一個人として描いています。 そういった人間として、最近ではプロジェクトヘイルメアリーのオチが特に好きでした。
佐藤と田中の会話に出てくる「原初の落とし子」とはヒカルとは別の落とし子です。こちらは数百年前にヨーロッパで発見されています。落とし子は複数おり、普段はあの世に居るはずですが、非常に稀な確率でこの世に出現します。 願い事を叶える力を持ちますが、しばしば上手く叶わず、悲惨な結果を招くことが多いです。しかし、代償と引き換えに願いを叶えているわけではないので、場合によってはデメリットなしで叶うこともあります。とても不器用な現実改変といったところです。
海外のファンの方は凄く考察してくれて楽しいです。ですが、「ヒカル(怪物)は光(人間)の隠していた気持ちを代弁しているだけで、ヒカル(怪物)に意思はない」というのは明確にNOです!私は怪物好きなので。
例えば、ヒカル(怪物)よりも光(生前)の方が圧倒的にマイクロアグレッションをするキャラとして一話から描いていたりします。
生前の光を好きになってもらえるのは嬉しいのですが、描写がほぼ無いので「理想的・完璧な存在」としてイメージが一人歩きしていくのはちょっと複雑です。色々なメディアミックスで脚本などをチェックしていても少し感じる部分です。 でも、これって現実で亡くなった人にもよく起こることなので面白いですね。どんなに最悪な部分がある人でも亡くなってしまえば「良い人だった」と思いたくなるものです。 それとも、「ここから先の人生でこの人との関わりは絶対に無い」となった時にその人の欠点を探す必要がないだけかもしれませんね。
「光が死んだ夏」では1話(30〜40p)ごとに起承転結を考えているのですが、1話を分割して更新するスタイルなので変なところで話が切られてしまい、余計なクリフハンガーが生まれてしまうのが前から気になっています。 1話ずつまとめて読んでもらった方が話が頭に入りやすいと思うのですが…。
最近「ピーターワッツ傑作選 巨星」に収録されている「遊星からの物体Xの回想」という短編小説を読みました。 映画版の二次創作のような立ち位置のものらしいですが、面白かったです。 物語の中に出てくるモンスターは基本客体化され、モンスター自身の考えや目的や願望はスルーされてしまうことが多いのですが、この話はその部分に注目していて良かったです。
本日は「光が死んだ夏」第⑨巻の発売日です。 今回も単行本でしか読めない描き下ろし漫画あります。 よろしくお願いします!
タイのイベントに来てくださった皆さんありがとうございました。 沢山頂いた質問が「よしきやヒカルを動物に喩えたら何か?」だったのですが、あまり考えたことなかったので象だのニホンザルだのホッキョクギツネだの、しっちゃかめっちゃかに答えてしまいました。
ちなみに、恋愛感情も友情も描いているつもりですが、恋愛感情だけことさらに特別なものとして描いてるつもりもないです。 一世一代の大恋愛でも、性別を超えるほどの運命的な恋でも、一生忘れられない永遠の純愛でもありません。 他の感情と同じくらい大切な普通の感情です。
「光が死んだ夏」を恋愛物語ではないと言う理由の一つとして、「恋愛感情こそが最も重く深い感情で、恋愛が成就することだけが唯一の幸せである」という前提が物語の中に無いからというのもあります。 それを踏まえた上でなら広義のラブストーリーとして捉えることも可能だと思っています。