エソヒコ

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日の当たる場所に居ます ソリトン $gmaj は運河を登る孤独な波

カレンダー。9月と10月はカリフォルニアに昔あった山岳鉄道のポストカードから。ポストカードはマウント・ロウ鉄道のサーキュラー・ブリッジ。とてもスリルがありそうだ。今でも当時の遺構が残っているそうで、登山を愉しみながら写真に撮られている方もいるようだ。

花を咲かせぬようになった桜の古木を見ていた。僕はその偉業を知っている。咲き誇っていた桜の古木は、僕たちに何を見せてくれていたのだろう。

笑顔でわかれたあと巨大な眠気に襲われた。姪っ子と交わした様々なことを思い返しながら眠ろうと思ったけれど、眠りに落ちるまで3秒もかからなかった。

姪っ子との予定が舞い込んだので前倒しで通院。風呂と洗濯を済ませ病院に向かう。夜勤明けで少しフラフラしながら診察を終えた、思ったより早く薬局を出て1時間ほど時間が空いた。そんな時は地衣類ですよ。ちょっとだけ地衣類見に行こ。どこにでもあるよね。

一年という長めの物差しを意識し始めたので忙しい夜も暇な夜も頭の中では平均化されている。儲かる夜か儲からない夜かって言った方が分かりやすいかも。長めの物差しではそもそもそこを測ってない。 逆のもの言いをするなら物差しの短い目先を嫌がっている。右も左も分からない頃、そんな目先仕事をしてしまった事もある。けれどありゃ酒もまずけりゃ飯もまずい。守銭奴になった自分を棚に預けて愉快に過ごすことなんて、ちっとも愉快じゃない。 けれどもまわりは物差しの短い考えが蔓延しつつある。その酒はうまいのか?心の問いかけが止まらない。

お客さんにカップ焼きそばを差し出され「欲しいか、欲しくないか」と問われた。まさか問うてくるパターンがあるとは露ほども思っておらず面喰らってしまったけれど「欲しいです」と即答しました。UFO大好きなので。

高枝切り鋏を担ぎ腰には蚊取り線香の携帯缶をぶら下げたオジサンにときめいた。たぶんわたしはステージの階層を一段あがった。一段あがった。

道端にブレーキランプを光らせたままの停止車両がいる。ここの300メートルほど手前で2頭のウリ坊が車道に倒れていた。点と点を繋げる推理の途中で何かの記憶が甦った。うちのオカンなら「持って帰れ」と言うだろう。決まってる。停止車両の方は誰かに相談でもしていたのかも。うちのオカンなら答えはひとつだぞ。

草刈りの時にこのカエル石をどかさなかった方に感謝している。と言うより、なぜどかさなかったのか不思議だ。カエルとして見立ててくれたのかな。いずれにせよほのかな温かみを感じる。

山神様の近くに移動させたカエル石の様子を見に行く。一旦は刈られていた草が茂り、その佇まいに愛らしさを感じる。こう見えて5Kgぐらいありずっしり重い。

カエル石を山神様の近くに移動した。このカエル石、お腹の部分に峰がありバランスをとるのに一苦労した。最初に見かけた時の佇まいは奇跡だったのだ。

おそらくこのダンドボロギクも植生が変われば姿を消す。この終生のサイクルを指して山肌のかさぶたと例えられているのを聞いた。いい例えだなと思った。

ダンドボロギクは段戸襤褸菊と書くらしい。北米原産の帰化植物で段戸は移入が確認された地名(山)で襤褸ははその綿毛の様子を見てとったらしい。英名はfire weed。山火事の後に群落を形成する様子が由来。

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山神様の方向から綿毛が無数に飛んで来る。ダンドボロギクの綿毛だ。山神様に対して背中にあたる一帯の杉は一昨年に皆伐され先駆種であるダンドボロギクが繁茂した。辺り一面を舞う綿毛たちは山神様の子供のようだ。手の平を構えると指の間をすり抜け舞い上がって行った。