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@fumitaka1948.bsky.social

Ми ся любит Карпатьска Русь. Єден русинофіл.

よく見たらフルシチョーフとブレージネフが逆になってしまっている。逆説的ながらフルシチョーフの集団指導体制が機能していたともいえます。 「それは社会主義的「遵法性」への新たな強調の意図をもって、政府の「レーニン主義的」規範(おそらく1918年のレーニンというより、1922年のレーニン)への復帰と喧伝された。にもかかわらず、ソヴェト同盟は、高度に権威的な……法的規範が選択的に適用される国家であり続けた」 (E. A. Rees, ‘Political Thought from Machiavelli to Stalin’, Palgrave Macmillan, 2004, p. 248)

Ϥⲩⲙⲓⲧⲁⲕⲁ@fumitaka1948.bsky.social · 18h ago

フルシチョーフがブレージネフに不信任案を提出して辞任に追い込んだのも、別に皇嗣でもないアンハルト=ツェルプスト侯爵令嬢が要人たちの支持で即位したことに似ていなくもなく、もちろん聖リースが言う通り「意図せず偶然似ることもある」わけですが、僕が興味があるのは革命前との峻別を志向していたはずの人々が無意識に理不尽な文化を保っているという現象で、とはいえ残念ながらこの辺を扱ってくれている本に出会えてはいない。 そしてフレヴニュークやオシマチコ先生は、スターリン時代をロシアという地域の出来事として徹底的に詰めており優れているが、大リースやコトキンのように世界の中で位置づけてくれていると僕は喜びます。

偉大なる我がロシア史の先生はС田М千雄先生というフランス革命の研究における巨人の弟子であらせられたそうですが、バブーフとかブランキとかからトカチョーフやネチャーエフ、そして神君にして尊厳者へと至る経緯については「共産主義」だけでは解することができず、それは我が第一の指導教官が「ヘーゲルとかも読まねえとマルクス主義なんて理解できねえんだけどな」と仰せられていたのと同じです。 我がロシア史の先生は卒論の口頭試問の際に印刷所の値札を取り忘れたそうで、「父にも等しい」指導教官のС田先生から最初に言われたのは「君の卒論は百円なのか」だったという美しい思い出を語っておいででした。

「戦術的に、1917年には、レーニンは、一度でも権力の座に就けば最大限の綱領を追求していく意図をもって、最小限の綱領を提出した。……1919年までに、レーニン自身が公然と、国家の死滅を、いつか遠い未来のこととして後回しにするようになっていた」 (E. A. Rees, ‘Political Thought from Machiavelli to Stalin’, Palgrave Macmillan, 2004, p. 234) ロシアの革命家の間ではそもそも「国家偏重(étatisme)」というフランス的な傾向があったとか考えると確かに伝統に沿ってはいます。

「革命や戦争には、策略や嘘がつきものです。戦争や革命において英雄精神だけを称揚しようとするのは、愚かです。……それ故、社会の状態は、戦争や革命のない時の方が、道徳的により高いのです。私は、嘘を最小限にとどめようという規則を自分に課しました。嘘を用いると、……自分ででっちあげた細部を忘れてしまって尻尾を出し、それを掴まれてしまうものです。……嘘は一種の暴力です。それ故、防衛手段としての嘘は最小限でなければなりません。私は、実践を経て、反乱においても真っ直ぐな道が最短距離であるという確信に至りました」 (カレル・チャペック『マサリクとの対話』石川達夫訳、成文社、1993年、p. 135)

「どうして人々は、女性が男性と対等かどうかを問題にしうるのでしょうか! あたかも、子供を産んだ母親が、父親と対等でないかのように! ……私は、男性と女性の才能に、いかなる相違も認めません。……女性の過小評価は、社会の一夫多妻的生活を証すものです。我々は事実上、まだ一夫多妻制の中に生きているのです。……私が生活と文学の中に見るところでは、結婚生活が破綻した時は、大部分の場合、罪は夫の側にあります。……妻に罪がある場合でも、夫にかなりの共犯関係があるのです」 (カレル・チャペック『マサリクとの対話』石川達夫訳、成文社、1993年、pp. 78-9)

「そして、私が〔大統領として死刑執行の許可に〕署名した日は、一つ一つ黒い十字架でカレンダーにしるしをつけてあります。私は、死刑が犯罪率に影響を与えるかどうか、注意深く追跡しました。犯罪、特に殺人の統計を長い間研究しましたが、死刑が犯罪者に与える威嚇的抑止効果というものは見当たりません。……私が私刑を認める根拠は、威嚇的抑止ではなく、そこに道徳的な償いがあるということです。……私は、国民の教養と徳性がもっと高まり、我々みなの合意によって死刑が廃止されるものと信じ、期待します」 (カレル・チャペック『マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』石川達夫訳、成文社、1993年、p. 166)

本山一城先生がお亡くなりになっており、それが一年前だと今になって知ったというのが今年で最大の衝撃だ。 1990年代の「児童漫画」の世界が非常に厳しかったことを率直に吐露されておられたことは存じ上げていたが、俺はいつか本山先生が正式に復帰され、元のゲームと多彩なネタを挿むストーリー漫画の構成とを組み合わせる手腕が、異次元の侵略者を前にマリオとクッパが共闘する『スーパーマリオRPG』を『ロトの紋章』に比肩する叙事詩として描かれることをずっと夢見ていた。 高騰している古書をいずれ揃えようと思っていたらメルカリとかからも消えたのも今となっては理由が察せられる。先生の作品は俺の中で生き続ける。

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「ロシア史学におけるルキウス・アルトリウス・カストゥス」と(俺の中で)名高いE・A・リースが編集した、東欧ドイツ人追放に関する論文集の写しをインターネット百科事典にて発見した。というかリース先生ご本人がArfonと署名しておられる。 咎なくして迫害を受けた人々の存在を決して忘れることなく、「構造主義者」なる偉そうな呼び名よりも、太鼓持ちとか幇間と呼ばれるべき人間に対しては、端的に「非説得的」と、節度をもって敵意を示す聖リースの立場を俺も共有し続ける。 さすがの僕も戦後チェコスロヴァキアのdivoký odsun(野生の移送)については単なる憂さ晴らしと元からの民族主義の連続物にしか思えません。

ナチズムとマルクス・レーニン主義は、前者の「生物学的アプローチ」の点で完全に異質だが、いずれも「ユダヤ人」だとか「ブルジョワジー」といった絶ち滅ぼされるべき対象を内包する点で「社会ダーウィン的」であり、ウリヤーノフも、革命前にレナ川の労働者蜂起が暴力的に鎮圧され死人を出した事件を「プロレタリアートを革命化する点では都合が良い」と肯定的に言及したことがあり、この「人の生命や生涯を必要経費と考える」という発想を僕はナチズムやスターリン主義といった鬼子から現代の新自由主義に至るまである種の傾向を示す指標と考えているのですが、時に「右翼の批判者」と称する人まで口にすることがあり辟易させられます。

やけ買いという消費主義の習わしに手を染めて入手した本その二、その三。 大リースが編んだ論文集の、Вождьが「専制公」に転じていく過程を扱うリース本人の論文では、ゲティという「スターリン恐怖政治は無能さの産物」という責任転嫁的な観点を唱える「構造主義者」の親玉を名指しし「非説得的」と糾弾されており、リース先生の怒りを感じる。 もう一冊は「そういや白人の考える〝革命 〟って考え方知らねえな〰」と買ってみたらどうも「変わった作品」という評もあるらしく、ナガノ先生がガンダムの新作を見にいった時に一瞬抱かれた「いきなり玄人向けの映画に挑戦してしまった!」という懸念を僕も抱きましたがまあ大丈夫でしょう。

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確か“Communism and Hunger”に入っていた論文でも、コルホーズ的再編で飢饉が起こっているときのソヴェト同盟や大躍進のときの中国でも、都市部の産業的中心地みたいなのは「レジーム(режимный)地域」に指定されて優先的に食料が回されたみたいな話を扱った論文があったかと思います。 俺が初めてその言葉を耳にした発表を行った人は、飢えた農民が都市部に流入し「犯罪分子」として捕縛されていくのを「スターリンのテロは治安を守るためだった」と目を輝かせながら口にされ、「そんな訳がないが当人は日本で支配的な目線に一石を投じているつもりなんだろうな」とひとまず納得しました。

畏れ多くも赤城毅先生ご本人から、カルパチア・ルーシを小道具に用いた作品がおありとお言葉を賜ったことがある「Nの悲喜劇」というお話が半井准教授の講義では僕は一番大切なのですが、あの話でレディ・Bが、人種主義者の捨て台詞について「今の発言は狩人全体に対する侮辱である」とされた気持ちを百万分の一ほどですが理解できることもございます。 それにしても赤城毅先生はまさに「言葉」の専門家であらせられるわけで、そういった方から「言葉」を賜ることは無上の栄誉であり幸福でございます。

松井康弘先生の『スターリニズム』で、ソヴェト同盟の国境線の西方への拡大が、今後の仮想敵国からの攻撃を阻む本質的に「防御的」な意図を持っていたが、国境を接する国々へも影響力を行使するような動きは実質的に西側列強の不信感を強めた(pp. 146-7)というのはそうでしょう。 神君/尊厳者がロシアの「広さ」や「天然資源」が「資本主義の方位」の中で「社会主義のオアシス」を守る武器となると考えていた(pp.8-9)というのも、世界の中で「新体制をどう守るか」という、「一国社会主義」という考えが古代より欧州の「共産主義者」に伝統的なものであったというファン・レーの議論と一致している。

「一生薬を飲み続けろ」と『仮面ライダー剣』最終話の「お前は人間たちの間で生き続けろ」を思わせる言葉を医師の先生から賜りやけくそになって買った本その一。 1930年代の「大規模作戦」の研究で知られるヴェリカーノヴァ、「レーニンの最新の伝記作者」(J. Ryan)ラーズ・リー、偉大なオランダの精神科医フランク・ファン・レーの子息にして「共産主義」思想の研究者であり、ウェールズの国士でロシア近現代史の大家E・A・リースに「アーフォン」とウェールズ名で呼びかけることを許された一人エリック・ファン・レーが寄稿した論文集が中古で13000円は実質タダのようなものです。

“Illiberal Liberation”という副題が格好良い。カウツキーが『テロリズムと共産主義』というボリシェヴィキ支配に批判的な本を書いたらトローツキイが『テロリズムと共産主義』という同じ題名の本を出して反撃してきたことを思わせる。

グーグル翻訳、先日ドイツ語の文章を噛ませてみたら「あっ単語すっ飛ばしやがったな」ということがありましたので、まだ機械翻訳は「自分で確認できる」という人じゃないと難しい気がしますね。ただロシヤ語の先生のお話だと、昨今では職業的な翻訳者に「機械翻訳の確認をして欲しい」などというご依頼も来るらしく、「昔みたいな題名の授業はこの先減ってくかもしれない」と仰せられていました。 僕のような人間は反抗心が湧いてくるんですが、「スコットランドとウェールズは絵文字で旗が出てくんだからザカルパチア州の旗も出て来いよ」と感じる僕の様な人間が少数派だとは自覚しているのです。イギリスの構成国についてはさっき気がついた。

ロシヤ語でもегерьという言葉があり、古い言葉ですが「猟師」や「狙撃兵」を表し、明らかにドイツ語のJägerの借り物で、おそらく十七世紀以降(『天才作戦家マンシュタイン』角川新書、2025年、p. 97)にロシアにも入って来たんでしょうが、そういえばпанцирьという言葉もあります。こちらは「鎧、甲殻」で、元の言葉のように戦車も意味するようにはならなかったようですが、装甲艦や装甲列車などの「外殻」を表す場合はあるらしく、なかなか細部の認識は重要です。ピーチェルの正式名称も当初は「ピーテルブルフ」とオランダ語っぽいものが入り混じっていたらしい。 軟音記号が末尾についているのが帝政時代っぽい。

「マキャヴェリズムはしばしば、全能の支配者が智謀を通じ、その意思に合わせて政治上の事柄を形作ることができるという考えに結びつけられてきた。しかしマキャヴェリの思考に中心的なことは、支配者にとっての、状況に合わせて柔軟となり、対応することの必要性であった」 (E. A. Rees, ‘Political Thought from Machiavelli to Stalin’, Palgrave Macmillan, 2004, p. 234) 最初の方で、リース先生がただ現状を追認する言い訳のように用いられる「通俗的マキャヴェリズム」についても痛罵されている。俺は大リースの行いに倣う。

今日バランスパワーという、カロリーメイトの親戚ながら、主流派よりも僕が幼いころから親しんでいた方を久々に口にしたんですが、明らかに以前より大きさが減っていました。おそらく値段を取ったのでしょう。大きさと価格のどちらが消費活動に影響するのかは、神君/尊厳者の不法抑圧がどうとかの話題とは明らかに領域が異なるため僕も詳しく存じませんが、『人権の世界史』が訳されているピーター・スターンズの‘Consumerism in world history’を先日「そういやこっちの悪徳は知らねえな〰」と確保するだけ確保したので読んでおきたいと思います。 俺が死ぬ前に積んである本だけは全部目を通してやる。

かつてあるロシア史の先生が、人殺しという行為について、「その人の人生を知って、その人の目を見て、『あなたをこういう理由で殺します』と言って、仮にその人が『わかりました』と頷いたならば、初めて許されるかもしれぬ行為」とし、「いいか人殺したやつは絶対に許されねえからな!」と述べておられたが、「顔も名前も生涯も知らない相手の命を奪うこと」が少なくとも「人聞きの良くないことだ」ということもご理解できないと思しい人が予想より多いらしいことを考えると、さすがの僕も「素質というものはその人が生まれる前から運命で決まっているのかもしれない」という考えに傾くこともあります。

エドヴァルト・ラジーンスキイの著作は史書というより文学に近い内容ですが、偉大なウェールズの志士にして、ロシア近現代史の巨人であるエドワード・アーフォン・〝大リース〟は、ラジーンスキイの本で扱われたいくつかの話題について、「そもそもロシアの革命家たちは1848年や1905年の失敗に終わった革命を繰り返す気がなかった」とか、「ビスマルクの『上からの革命』は体制側のみならず革命派の間でも立場を問わず称賛されていた」など、ロシア史の観点から裏づけを付しており、ますます面白くなってきた。 自分が疑っていた出来事について「全くの嘘じゃなかったのか」と感じるのも専門家の著作の興味深いところの一つです。

僕は最高レベルのロシア史の講義を受けられることになったとき、ある言葉を用いる政党については、いかなる理由があろうとも「積極的に支持しない」と決めたわけですが、他の理由もあり、ユダヤ系のドイツ人がヘーゲル哲学に着想を得て、自分の発展段階論において歴史の「終極(τέλος)」と位置づけた「完全な平等状態」が、「エルサレム」を地上に実現させようという、明らかに伝統的な黙示思想の一種であり、方向性こそ違えども、「異教徒で根無し草で金を持っている握り屋で共産主義者のユダヤ人」を絶滅させれば「民族共同体」が作られるという発想に似ており、オルテガ・イ・ガセーが唱えた「永遠の微調整」とは感覚が異質だからです。

ケーニヒスベルクのドイツ(プロイセン)料理屋は、冷戦後に本物をゲルマニヤから招聘し、地元のカリーニングラード出身者が彼らから学んで運営しているというものが多いようです。 あとどっかの浜辺に木が三本立っていて「最後の国防軍兵士」とあだ名されているらしい。地名に関連する人名がカティン事件の関係者であり、「カリーニングラードという名はギムレル〔ヒムラー〕グラードのようなものだ」と唱えている人々がいずれ勝つ。 彼らが動かす国が今度こそ本当に西側国家の一翼を担うだろう。

エドヴァルト・ラジーンスキイが、彼の伝記文学で「トカチョーフと彼の『カテキズム』なしに20世紀のロシアは理解できない」と記していたが、トカチョーフの「手段は問わぬ」という発想が(間接的に)マキャヴェリに由来すると思しく、その点でロシアの革命派の間で共有された急進主義の中でも「群を抜いている」と大リースが記しており、ツァーリやнародなど、その対象こそ移り変われども、大義への「忠実なる献身」という発想自体が「一貫している」という、この世で最も偉大なロシア史学者がかつて述べられた指摘が思い出される。 あと「地下組織的な性格をいざ国政を担う立場になっても克服できなかったのがまずかったかもな」とも。

隣国の選挙事情については、結局のところ「グレー」というより、いつ頃からか「西側における選挙制度とは根幹的に異なるものであった」と明らかになっており、その前身たるスターリン主義と同じく「一定の民意に基づいていた」という「修正主義」学派の認識に対する、「ネオ全体主義学派」の絶対的勝利を立証した点においては歓迎すべきことですが、自分の研究対象に取り込まれて宣伝係と堕してしまった人々の失態を暴き出したことは、非民主的で民意を無視できる政体の下で今なお権利を剥奪されている人々の事情を全く解決はしないというのが難しいところです。

リース先生のカガノーヴィチ伝だと、カガノーヴィチがウクライナのダム建設について「完成次第モスクワにも電力を回せる」と直談判をしに行き、一応「国策としてやってよい」と詔を勝ち取ったが、「でもウクライナだけにこれ以上予算は避けないので手間賃は何とかしろ」と言われて奔走したというくだりが面白かったです。 あとソヴェト史研究の「構造主義者」なる勢力は、「ソヴェト選挙でかつての富農や白軍が潜り込むのではないかという恐怖」が不法抑圧の背景となったという責任転嫁的な言を弄するのが常ですが、「かつての富農や白軍」という論法はコルホーズ的再編のときからお決まりの論法で、わかるのは言っている人の視野狭窄だけです。

「景気づけに何か買わねえとやってらんねえや」という消費主義の堕罪に僕も染まっているため、つい自制心を失い、偉大なウェールズの愛国者にしてソヴェト史学の巨人E・A・リースが編集主幹を務めた論文集‘The Nature of Stalin's Dictatorship: The Politburo 1928-1953’を買ってしまいました。 リースはゲティという「構造主義者」の親玉が、神君/尊厳者の恐怖政治が「悪意でなく無能さによるもの」などと、さながら護教論者のような論を展開していることについて、自著の冒頭で名を挙げず罵倒されており、リース先生の憎しみが僕に力を分け与えてくれることを期待します。

まあ何でもいいんすけど社会民主主義を奉じていると思しき党名の団体が誰の目にも明らかな侵略戦争が始まった瞬間に西側の悪口を言い始めた瞬間に「彼らは西側陣営の政治勢力でいる資格もなく、その党名にも相応しくない」と僕は判断しましたが内部ではどのように評価されているんでしょうか。 外交方針で独自色を考えること自体は全然悪いことではないと思いますがその帰結が紛うことなき侵略を前に「被害者や相手の側に落ち度があったのではないか」と公正世界仮説のような価値観を開陳することではそんな人たちに外交を任せるのはあまりにも不安ですね。 ウクライナで戦災が続く限り俺は支持しねえ。

ポーランドの市民綱領とスペイン社会労働党とドイツ社民党とサンダースが日本に引っ越して来てくんねえかな。 「常人の中で暮らせるが一生薬を飲み続けろ」と言われた矢先にくだらねえニュースが来てうんざりさせられるが、本邦で政権与党と票を競り合うべき野党勢力が常識では考えられないレベルで気骨が欠けていたり、外交方針における独自性の追求を独裁国家や現状変更的な勢力を賛美することと混同していたり、西側国家の長所を活かしつつさらに発展させていくことを任せるにはあまりにも不安な連中ばかりを担ぎ上げたり持ち出したりして来るのは野党側の問題であってそれ以外の話ではないのが難しいところです。

西ヨーロッパの資本主義の発展において、「賎業」とされた銀行や金貸しを多数派ではなくユダヤ教徒の身上に放り投げてきた結果が14世紀のストラスブールのポグロムとそれに続くドイツや東欧へのユダヤ教徒の移動だと思いますが、「よそ者だけが暴利を貪っている」という代わり映えのない偏見の基本形がすでに完成されていることについては見上げたものだと思います。 こういった類の偏見からは色々な教訓が引き出しえますが、僕が注目したいのは「どのような考え方をしていると危険な兆候があるか」ということで、しかしどうも自分のような捉え方をする人間は変わり者らしいことをだんだん理解して来ました。

自分は女性が歴史的にどのような立場に置かれてきたかという話題に関してはまったく無知ですが、確実に言えることは、戦前のチェコスロヴァキアには、ミレナ・イェセンスカーという女性ジャーナリストがおり、論争的な主題を断定的な口調で述べて「炎上」していたようですが、とはいえ読者からの投書に答える彼女は「ミレナ」と親しまれ人気を博し、そして読者や友人との私信を読む限り、彼女の論争的な口調は、独立直後の新興国で文壇の「活性化」を目論む編集部の意向で「作られた」ものだった可能性が高く、しかし一時期まで彼女は、その経歴がごく一時的だったにもかかわらず「カフカの彼女」としか知られていなかったという点です。