よく見たらフルシチョーフとブレージネフが逆になってしまっている。逆説的ながらフルシチョーフの集団指導体制が機能していたともいえます。 「それは社会主義的「遵法性」への新たな強調の意図をもって、政府の「レーニン主義的」規範(おそらく1918年のレーニンというより、1922年のレーニン)への復帰と喧伝された。にもかかわらず、ソヴェト同盟は、高度に権威的な……法的規範が選択的に適用される国家であり続けた」 (E. A. Rees, ‘Political Thought from Machiavelli to Stalin’, Palgrave Macmillan, 2004, p. 248)
フルシチョーフがブレージネフに不信任案を提出して辞任に追い込んだのも、別に皇嗣でもないアンハルト=ツェルプスト侯爵令嬢が要人たちの支持で即位したことに似ていなくもなく、もちろん聖リースが言う通り「意図せず偶然似ることもある」わけですが、僕が興味があるのは革命前との峻別を志向していたはずの人々が無意識に理不尽な文化を保っているという現象で、とはいえ残念ながらこの辺を扱ってくれている本に出会えてはいない。 そしてフレヴニュークやオシマチコ先生は、スターリン時代をロシアという地域の出来事として徹底的に詰めており優れているが、大リースやコトキンのように世界の中で位置づけてくれていると僕は喜びます。