刑部ともよ

@gale-in-night.bsky.social

刑部友世(おさかべともよ/Tomoyo Osakabe)といいます。 元セックスワーカー・性暴力サバイバー・フェミニスト。 Nonbinary(she/they)で、ゲーマーで、ADHD。 日本語/English

拡散可という事だったのでお借りして投稿。別の街宣の場で「今回の県知事選は、これまで私が関わった中で最も醜悪な選挙」と言っていたし、自身の支持者である一般市民までネットリンチのターゲットにされた事で、言葉から非常に強い怒りを感じる

映画『きっと青春大革命!』観てきた。 メキシコ南部の山あいの町テポストランでヒッピーのご両親の間に生まれ育つトランス女性カルラが15歳になるまでの8年に及ぶ一連の記録、と書くと堅苦しく聞こえそうですが、愛と希望に満ちた瑞々しくキラキラな一作。出てくる人がまあ皆素敵。 本作は、カルラが被写体としてだけでなく共同監督のような形で制作にも関わっています。彼女が手掛ける映像や演出の数々が出色。現実に横たわる差別になかなか未来を見出だせないまま抵抗を続けるカルラの姿が1人でも多くの方に届きますように。 上映後には国内配給を手掛けた秋田さんと俳優の中川未悠さんによるトークショー。幸せな時間でした。

大阪市の映画館シネ・ヌーヴォにて『きっと青春大革命!』の上映終了後に開かれたトークショーの模様。舞台左には、国内配給を手掛けた秋田祥さん、右には俳優でトランスジェンダー当事者でもある中川未悠さん。

うれしかったけど、フォロワーたちに歩くプライドノンバイナリートランスフェミニン人間と婚約者の実存がバレてしまいちょっと恥ずかしい でも親愛なるフォロワーの実存がわかりとても嬉しい

「きっと青春大革命!カルラ8年の記録」を観てきました。 こう、「悲劇的で可哀想なトランスジェンダーが描かれる映画にはしたくない」という方針の通りに進むのです。 でも、その分ちらっと見える心の陰りや、主人公をとても尊重している家族のふと見せる無理解などの一瞬が、当事者の私からすると、その背景にある山のような苦しみと悲しみをかえって浮き彫りにするように感じがしてギュッと来ました。そこを映画に入れる決断をしたことを含めて。 あと、この映画に関心のある人が観客として可視化されていたことも嬉しかった。あと親愛なるフォロワーのひとたちが居あわせて声をかけてくれて、超アゲアゲだった

「お前がXで性的マイノリティへの差別デマや根拠ない中傷ポストをばら撒いているのを拝見していましたよ、今やお前の報酬額と業務依頼の可否を握る立場の人間がトランスジェンダー女性ですが、どういうお気持ちですか?」と訊きたくなる時は結構ある。 みんなだいたい思うところがあるのか差別発言をやめたり過去ポストを削除したりするが、逆にしばらく一緒にお仕事してからSNSで差別発言をし始めるパターンが1回だけあって事業者として適切かつ厳正なる処置をしました。(建前だけでもいいから、公の場で人権侵害行為をしないようにしてくれないと普通にお付き合いを続けられません)

そういや昨日、またお店の店員さんから「おぬぇ(「ね」と「に」の間)さん」みたいな奇妙な呼び方をされて笑いそうになったんだけど、最近はもう「この人たちは『おにいさんとおねえさんどちらかしか居ない』というとんでもない勘違いがまかり通る世界で、何十年も現実を知らずに生きてきたのだからバグっても仕方ないよなあ」と特に不快にも思わない。どうも、ともよおぬぇさんだよ。

>[Long Thread] 皆さん、こんにちは。最近、中国のレズビアンコミュニティにおけるトランスフォビアをめぐる論争が国際的な注目を集め、中国のトランス女性の現在の生活状況に好奇心や懸念を抱く人々から多くのメッセージを受け取りました。また、私たちに対する抑圧を鼻で笑う人々もいます。この機会を利用して、中国のトランス女性が現在直面している構造的な抑圧と生存のための闘いを説明したいと思います。このスレッドの対象読者は、世界中のトランスの人々や同盟者、そして私たちを懐疑的に見る、あるいは明確な敵意を抱くシスジェンダーの人々です。

シス男性のフリを頑張りすぎて「有害な男性性」に進んでコミットしようとするAMABトランスフェミニンパーソンなんかおるおる 当たり前におる おれもそうや

そもそも「セックスワークイズワーク」は現状色々な問題がセックスワークにあるから、あえてそういうスローガンを掲げているのであって、セックスワークは問題ゼロのキラキラ職業だという発想とは真逆だ。 廃絶派は、そこは百も承知であるくせに、あたかも私たちがそう主張しているかのようにレッテル貼りをして論点をずらしてくる。絶対にエビデンスを見ないし、合法化と非犯罪化も違うことがわかってるくせに区別しない。

RP 「セックスワークは良い仕事じゃないかも知れないが…」という語りが何故必要か セックスワーク廃止派の人々が「セックスワークはこんなに反道徳的!」という「道徳」を根拠にした善悪の論理展開をするため、私たちセックスワークイズワーク派はそれに対してつい「良い面もあるンゴ…」と内部の実情や実感を語りたくなってしまう。 でも人権の話は道徳とは違う。「いい仕事だから権利を恵んでもらう」のではなく「仕事である以上、良いとか悪いではなく、ただ労働者の人権がある」に着地しなくてはならない。だから「いい仕事じゃないと感じる人もいるだろうが」「やりたかろうが、やりたくなかろうが」という枕詞が必要になる。

ジャックスが男性らしさにこだわる言動してたのも、なんか勝手に共感しちゃう そもそもトランスだって自分の側面に触れるのが辛い、自分はそうじゃない、シス(的な)でありたい、そう生まれられてたらどんなに楽だったか…という葛藤を勝手に想像してわかるを押す

トランス🏳️‍⚧️と一口にいえど色んな状態やら段階?やら当人そのものの性格も選択もあるわけで、自分はべつに最初からジャックスがトランスガールだと明かされててあの性格や言動のままやったとしてもそうかとしか思わんけど、なんかそうでもない方が日本語圏にとどまらずおるみたいで自分は…自分は…

その人が視界に入るたびに、おれのジェンダーディスフォリアとか自分の容姿を呪う気持ちを強烈に掻き立てるとても可愛い女性表象のシス男性の知人がいたんだけども(ここにはいません) さっきその人がSNSで視界にフッと入ってしまって、一瞬ドキッとしたものの「ふーん」という感じで。おそらくおれの中で自分の容姿について一定の納得がいって、「流行りの若年女性表象を再現できることは、別にそんな嫉妬することではない」という理性が優位になったんだろうなと。 頭では「社会的に綺麗で若いとされることより自分が落ち着くあり様が重要」ということは理解していたのに、美の規範を一定まで頑張らんと腑に落ちんことあるよね。難儀。