hato

@hatoincident.bsky.social

藁人形作家。

カラスがネズミの死体を木の枝の上に置いていったことがあって、それはさすがに自分で片付けてくれやって思った(あとで見たら消えてた)

入りにくいところにあって一度も入れたことのない銀座のお粥屋さんにやっと行けて良かった。平日夜は全然混んでなかった。

手前に大きめの器いっぱいに入った粥があり、その周りには漬物、揚げパン、点心などの小皿が置かれている。 

「本当の実現は無理だとしても誰も不幸にならない方法を探したい」という視点で議論に臨むのではなく、あいつらのあの態度は嫌いだとか、自分が感情的に理解できないだとかの理由を前に出して架け橋になろうとしないのは、狂信的とみなされる人たちよりも自分自身を賭けられる熱がないぶん、幼稚で無責任になりうると私は思ってるかな。

あとこれは偏見かもしれないけど、他人に対して「罰」「傷」を与えることが教育である……みたいな怖い思想がちょっと透けてるんでないかい?? と思っちゃう人が、たまにいる。

「世の中みんな『自分』だったらいいよね〜」というのはわかるんだけど、脳が繋がっていない現状はそうではないわけで。理想は理想でも結果的にプラスにならなきゃ意味ないので、「他人は自分ではない」ことを前提としてちょうどいい中間があるのかを探って調整していくのが「社会」ってやつだと思っていたのだが。私は調整が面倒だから脳を繋げたいけどね。

なんか、トリガー警告とか事前警告とかも全部なくていいよねって話にもできそうな、自分が正しいと思うものは世の中全ての人類が同じように正しく適切に受け止められて当然だという結論になってしまいそうな、ムキムキマッチョ思想が流れてきたが……。

最近はドキュメンタリーをあえてアニメーションでやるとかもあるし、ドキュメンタリー映画ってむしろ作り手の「作為」みたいなものがあったほうが面白くて、報道に近い「真実をそのまま写し出します」系の映像コンテンツとは分けて呼んだ方がいいと思っている……

あまりにも広告宣伝的な映像、安っぽい感動映像にするのは良くないっていう話ならわかるけど、オリジナル映像の音を消して音楽をつける程度の演出なら、国外のドキュメンタリー映画でもよくあるよね? 日本のテレビドキュメンタリーがナレーションをつけまくる傾向の話の方が「感情を誘導する演出」に近い気がするけど……。

私はスーパーのセルフドライアイスマシンで指定の紙袋にドライアイスを入れようとしたら、ドライアイスが出てくる風圧で袋がすっ飛んでドライアイスが袋の中にひとつも入らずに機械内に飛び散り、返金やり直しになったことがある

能登半島地震の時はこういう形での投稿はしてなかったので、何か変わったのかしら(被害の規模も違うけれど)。これまでにも同行避難のことなどはポストしている。 環境省のアカウント↓ 本日、熊本県獣医師会、熊本県、熊本市が連携して、「熊本地震ペット救護本部」が設置されました。 x.com/kankyo_jpn/s...

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悲劇喜劇もそうなんだけど、隔月刊誌、月刊誌が単発の短いエッセイを何本も載せて紙面を埋めればいいやって構成になりがちなの嫌いなんだよね。

文芸誌なんだから対談とかエッセイじゃなくただひたすらこの人たち全員分の戯曲を載せてくれればいいのにって思っちゃうんだけど、興味の方向が違うんだろうな

惑星クリトポリス(!)の王女はストレート・ホワイト・メイリアン(!)に誘拐された元カノを救うため、インター"ゲイ"ラクティック(!)な冒険に出る!

ミナックシアターで海を背景にディア・エヴァン・ハンセンやってるの、一体どうした?という妙な感じがある。海が似合う演目をやるとは限らないんだな。 minack.com/past-events/...

Dear Evan Hansen — Minack Theatre

Award-winning company, BTA, present the hit musical packed with some of the biggest musical theatre songs of the last decade, with a score by Benj Pasek and Justin Paul (Oscar-winning composers for Th...

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