jugoya

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100年前の日付に沿って、リリアン・ギッシュと彼女が生きた時代の映画、音楽、文学、美術、出来事など、またはそのほかのことを。

【1926年9月28日】 ・長編活劇 "Crossed Signals" 米国公開。主演ヘレン・ホームズ。監督J・P・マクゴワン。 ・戦争映画 «П.К.П.» ソ連公開。監督アクセル・ルンジン、ゲオルギー・スタボヴォイ。 ・D・H・ロレンス英国旅行を終え帰途につく。 ・許広平より魯迅宛書簡 ・幸田露伴のエッセイ「読書の態度」、東京朝日新聞掲載。 ・プロコフィエフ日記より。大作『炎の天使』作曲継続に疑念。 ・マーク・ハンブルグ、英 Gramophone にチャイコフスキーのピアノ協奏曲を全曲録音。 ・ジョン・マコーマック、10月4日までに米 Victor へ様々な歌曲を録音。

"Crossed Signals" ロビーカード«П.К.П.» ポスター幸田露伴。1928年。ジョン・マコーマック。1922年。

【1926年9月27日】 ・農村を舞台とした長編映画 "Murtovarkaus" ヘルシンキ公開。 監督ハリー・レック=ハンセン、助監督エリック・キヴィヤルヴィ。原作はミンナ・カント。

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【1926年9月26日】 ・短編喜劇映画 "A Prodigal Bridegroom" 米国公開。主演ベン・ターピン、製作マック・セネット。 ・短編アニメ "Watered Stock" 米国公開。アルファルファじいさんシリーズの一篇。 ・アンドレ・ジッド日記。チュニスのトゥルニエ書店にあったプレイエルを借りてフォーレを練習。 ・小林多喜二日記、「エミール・ヤンニング氏の『最後の人』を見る」 ・魯迅より許広平宛書簡 ・グラムシ、論説「ロシア、イタリア、ほかの国ぐに」を『ウニタ』に発表 ・柳田國男、論説「普選即行論」を『朝日新聞』に発表

"A Prodigal Bridegroom" より"Watered Stock" より1926年9月、チュニスのアンドレ・ジッドと友人たち。右端ジッド、その隣は書店主マルセル・トゥルニエ。『最後の人』日本公開時の紹介記事。『劇と映画』1926年2月号より。

【1926年9月25日】 ・コメディ調ミステリ映画『驚くべからず』(You'd Be Surprised)NYCにて公開。主演レイモンド・グリフィス、監督アーサー・ロッソン。 ・ベルトルト・ブレヒト『男は男だ』、ダルムシュタットおよびデュッセルドルフにて初演。 ・シェーンベルクより芸術アカデミー宛書簡

映画『驚くべからず』ロビーカードブレヒト『男は男だ』、ダルムシュタット初演時の舞台。

【1926年9月24日】 ・喜劇映画 "Falešná kočička" プラハにて公開。監督スヴァトプルク・インネマン。 ・新感覚派映画『狂つた一頁』、新宿武蔵野館にて公開。監督衣笠貞之助。 ・ジェイムズ・ジョイスよりハリエット・ウィーヴァー宛書簡 ・第14回日本エスペラント大会開催。柳田國男議長に選出。柳田講演「東邦民族と国際語」

『狂つた一頁』ポスター"Falešná kočička" よりHarriet Shaw Weaver (1876-1961)

【1926年9月23日】 ・T・S・エリオット、「ランスロット・アンドリュース」をTLSに発表 ・魯迅、「厦門通信」脱稿。同日、許広平より魯迅宛書簡 ・泉鏡花、「麻を刈る」を『時事新報』にて連載開始(~10/8) ・ショスタコーヴィチよりボレスラフ・ヤヴォルスキー宛書簡 ・エヴァ・ターナー、『カヴァレリア・ルスティカーナ』よりサントゥッアのアリア「お母さんも知るとおり」などを英 Columbia に録音 ・マールチェ・オファーズ、『オルフェオとエウリディーチェ』よりオルフェオのアリア「エウリディーチェを失って」を英 Gramophone に録音

Lancelot Andrewes (1555-1626)Болесла́в Леопо́льдович Яво́рский (1877-1942)Eva Turner (1892-1990)Maartje Offers (1891-1944)

【1926年9月22日】 ・ミハイル・ブルガーコフ、上演を控えた戯曲『トゥルビン家の日々』に関しOGPUの尋問を受ける。 ・魯迅より許広平宛書簡。近況報告。厦門大学で現在魯迅が担当しているのは文学史と小説史で、それぞれ週に2時間。 ・塩谷温監修『支那文學大觀』第8巻「唐代小説」刊行。収録作全24編中14編を川端康成が和訳(他は鈴木彦次郎、今東光)。 ・ヴァルター・ベンヤミン、ヨーハン・ペーター・ヘーベル没後100周年を記念したエッセイを西ドイツ新聞他各紙に発表。

『支那文學大觀』…ではなくて、これは魯迅が校訂した『唐宋傳奇集』(1928年刊行)の表紙。Johann Peter Hebel (* 10. Mai 1760 in Basel; † 22. September 1826 in Schwetzingen)

【1926年9月21日】 ・永井荷風、断腸亭日乗より。帝劇にてロシア歌劇団による『アイーダ』公演を鑑賞。 ・ヨーゼフ・シゲティ、パガニーニ『24のカプリース』の第24番を英 Columbia に録音。

『帝劇』1926年10月号より。舞台狭いっすね…シゲティのカプリース第24番が2面収録された Columbia D 1581 の裏面の方。

【1926年9月20日】 ・長編ドキュメンタリー "Luftskibet «Norge»s flugt over Polhavet" ノルウェー公開。飛行船『ノルゲ』号の北極点横断飛行。撮影パウル・ベルゲ。 ・魯迅より許広平宛書簡 ・西田幾多郎よりハイデルベルクの務台理作宛書簡。務台は10月にフライブルクへ移っており、遅れて到着した書簡はそこへ転送された。 ・ヨーゼフ・シゲティ、ドヴォルザーク「スラブ舞曲」Op.72-2 を英 Columbia に録音。 ・アルバート・コーツ、ロンドン響を指揮しホルスト『惑星』より「火星」「水星」「木星」「天王星」を英 Gramophone に録音。

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【1926年9月19日】 ・長編喜劇『当りっ子ハリー』(The Strong Man)公開。主演ハリー・ラングトン、監督フランク・キャプラ。キャプラの長編映画初監督作。 ・短編喜劇 "Bromo and Juliet" 米国公開。主演チャーリー・チェイス、監督レオ・マッケリー。 ・石川三四郎、萬朝報論説「政党へのボイコツト」 ・柳田國男、朝日新聞論説「学生運動の限度」

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【1926年9月18日】 ・魯迅、少年時代の回想記「從百草園到三味書屋(百草園から三味書屋へ)」脱稿。名品。 「最後に訪れてから七、八年の歳月が流れている。もうそこには雑草が繁っているばかりだったようだが、しかし、あの頃の私にとっては楽園だった…」 ・南仏アゲ滞在中のヴァルター・ベンヤミンよりガリラヤのサフェド滞在中のゲルハルト・ショーレム宛書簡。プルーストの翻訳に関して。 「ぼくの目指すところに近い目的を、あれほどまで見事に追及してみせた著者へ(翻訳という)非生産的な関りをもつというのは、ぼくのこころの内に中毒のようなものをもたらす…」 ふたつ(みっつ)の失われた時…

浙江省紹興、周家旧宅「百草園」私塾「三味書屋」
「三味書屋扁下面是一幅畫、畫著一隻很肥大的梅花鹿伏在古樹下」
傍らの肖像は魯迅文中にも登場する寿鏡吾先生(諱は懐鑑)。ヴァルター・ベンヤミンマルセル・プルースト

【1926年9月17日】 ・メイベル・ノーマンド、ルー・コディと結婚。 ・ポール・ヴァレリーよりアンドレ・ジッド宛書簡。思うままに旅をする人への羨望。 ・グラムシ「農民とプロレタリアート独裁」、『ウニタ』掲載。

メーベル・ノーマンドとルー・コディ。映画『ミッキー』(1918)で共演中のメイベルさんとルー。

【1926年9月16日】 ・リリアン・ギッシュ母、メアリー・ギッシュはこの年4月に脳卒中で倒れ、以来病状は一進一退。今はカリフォルニアでリリアンと共に暮らし療養を続けている。 暗所での静養という主治医の治療方針にリリアンは反発。この日、主治医を解任した。9月16日は母メアリーの誕生日。50歳。

ギッシュ母娘。左よりリリン、メアリー、ドロシー。

【1926年9月15日】 ・鉄道映画 "The Block Signal" 米国公開。主演ラルフ・ルイス、ジーン・アーサー、監督フランク・オコナー。 ・短編アニメーション "Dog Gone" 米国公開。『マット・アンド・ジェフ』シリーズの一本。 ・アンドレ・ジッド日記より。ジッド、チュニスに到着。

"The Block Signal" ポスター"Dog Gone" より。チュニス、メディナ地区のスーク・エル・トゥルーク。19世紀末頃のポストカードか?

【1926年9月14日】 ・伝記映画 "Nelson" 英国公開。 ネルソン提督役のセドリック・ハードウィックは本作で映画デビュー。 ・ヨーゼフ・ロート、ソ連紀行第1回を「フランクフルト新聞」に発表。 ・中原中也より正岡宛書簡。この月、大学退学。 ・小林多喜二日記。葉山嘉樹『淫売婦』の感想。 ・魯迅より許広平宛書簡。漸く届いた許からの手紙への返信。 ・ウラジーミル・ヴェルナツキー日記。文教政策への批判。 ・マーク・ハンブルグ、英 Gramophone 録音。ショパン:バラード第1番他。 ・ヤーロ・ドヴォルスキー、独 Electrola 録音。『魔弾の射手』アリア2曲。

Joseph Roth (1894-1939)中原中也(1907-1937)小林多喜二(1903-1933)Владимир Иванович Вернадский (1863-1945)

【1926年9月13日】 ・ローザンヌ滞在中のリルケ、レマン湖対岸のトノン滞在中のヴァレリーを訪問、再会する。 ・ヴァージニア・ウルフ日記より。前年結婚したリディア・ロポコワとジョン・メイナード・ケインズが遊びに来る。 ・英国旅行中のD・H・ロレンス、ダービーシャーはリプリーにある妹エイダ宅を訪問。16日までの滞在中、故郷イーストウッドなど懐かしい土地を巡る。 ・アルノルト・シェーンベルク52歳の誕生日。アルバン・ベルク、アントン・ウェーベルンらからお祝いの手紙がくる。

1926年9月13日、アンリ・ヴァレット作のヴァレリー胸像を挟んで談笑中のリルケとヴァレリー。後ろにチラ見えしてるのはヴァレリーの友人ジャン=ピエール・モノか?ウルフとケインズ。1923年頃ロンドンで撮影。ロレンス一家。1895年(D・H・ロレンス10歳)頃の撮影だろうか。
後列左より、姉エミリー・ユーナ(1882年生)長兄ジョージ・アーサー(1876生)次兄ウィリアム・アーネスト(1878生)前列左より、妹レティス・エイダ(1887生)母リディア(1851生)デヴィッド・ハーバート、父アーサー・ジョン(1846生)アルノルト・シェーンベルクとアルバン・ベルク。

【1926年9月12日】 ・長編映画『外交』(Diplomacy)NYにて先行公開。主演ブランチ・スウィート、監督マーシャル・ニーラン。 ・長編映画『青鷲』(The Blue Eagle)米国公開。監督ジョン・フォード。 ・長編西部劇 "The Devil Horse" 公開。主演「野生馬の王」レックス。 ・ブルガーコフの短編「雄鶏のタオル」、『医事労働者』9月12日、18日号に掲載。 ・許広平、魯迅宛書簡。 ・柳田國男、朝日新聞論説「これ責任の回避のみ」 ・フリッツ・ブッシュ、『トゥーランドット』抜粋など独 Polydor に録音。ソプラノ、アン・ローゼルら参加。

映画『外交』ロビーカード映画『青鷲』ロビーカード映画 "The Devil Horse" ロビーカードフリッツ・ブッシュの手帖より。
1926年9月12日に "Gramophon"(正確な綴りは "Grammophon" 乃至英語綴りで "Gramophone")。この当時のドイツ録音にしては珍しく録音日が確定してるのはこの手帳のおかげか。

【1926年9月11日】 ・映画俳優、尾上松之助没。 ・ミース・ファン・デル・ローエよりグスタフ・シュトッツ宛書簡。 シュトゥットガルトにて開催予定の住宅展示会「ヴァイセンホーフ・ジードルング」の計画について。

ありし日の尾上松之助丈。『劇と映画』1926年10月号より。左寄りグスタフ・シュトッツ、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ。1926年、「ヴァイセンホーフ・ジードルング」計画地にて。

【1926年9月10日】 ・エズラ・パウンドとドロシー・シェイクスピアの子オマー、パリにて生まれる。 ・徳田秋声、「作品の検閲に就いて──不当な伏字の問題」『文藝時報』掲載。 ・ヴァルター・ベンヤミン、書評「カール・アルブレヒト・ベルヌーイ著『バッハオーフェンと自然象徴』」『文学世界』掲載。 ・グラムシ、論説「ソ連はいかなる方向に発展するか」『ウニタ』掲載。

ドロシー・シェイクスピア(1886-1973)徳田秋声。1925年頃。カール・アルブレヒト・ベルヌーイ(1868-1937)ヨハン・ヤーコプ・バッハオーフェン(1815-1887)

【1926年9月9日】 長編映画 "The Triumph of the Rat" 英国公開。 主演アイヴァー・ノヴェロ、監督グラハム・カッツ。 同コンビで前年ヒットした "The Rat" の続編。1929年には "The Return of the Rat" が公開され「ねずみ三部作」となります。

アイヴァー・ノヴェロ

【1926年9月8日】 ・サスペンス・ドラマ "The Midnight Message" 米国公開。主演ワンダ・ホーリー、監督ポール・ハースト。 ・映画監督トーマス栗原没。 ・プロコフィエフ日記。クーセヴィツキー邸での晩餐会に出席。

"The Midnight Message" よりトーマス栗原セルゲイ・クーセヴィツキー

【1926年9月7日】 ・アントニオ・グラムシ、論説「共産主義に向かうソ連邦」『ウニタ』紙掲載。 ・福本和夫、論文「無産階級はいかにして必然にその階級意識をたたかいとりうるか」執筆了。 ・京都の三木清より東京の羽仁五郎宛書簡。 ・フランク・ロイド・ライト、ミネトンカ湖畔に逗留。自伝執筆開始。

グラムシ。1920年代前半頃。福本和夫。1923あるいは24年パリで撮影。
向かって左隣に前田寛治がいる写真なのだがトリミング。オイゲン・ヘリゲルを囲む留学生たち。向かって右から3番目羽仁(撮影当時は森)、4番目三木。1922年ハイデルベルク。ミネトンカ湖

【1926年9月6日】 ・"The Clinging Vine" 米国公開。主演レアトリス・ジョイ、監督ポール・スローン。 ・"Risky Business" NY先行公開。主演ヴェラ・レイノルズ、監督アラン・ヘイル。 ・"Die Unehelichen" ベルリンにて公開。監督ゲルハルト・ランプレヒト。 ・『燕尾服を着た娘』(Flickan i Frack)スウェーデンにて公開。主演マグダ・ホルム、監督カーリン・スワンストレーム。 ・許広平、魯迅宛書簡。 ・石川三四郎、萬朝報論説「政治家への教訓」 ・イグナーツ・フリードマン、英 Columbia 録音。ショパン「雨だれ」他。

"The Clinging Vine" ロビーカード"Risky Business" ロビーカード"Die Unehelichen" スチール。『燕尾服を着た娘』より。

【1926年9月5日】 ・恋愛喜劇『娘弁護士』(The Waning Sex)米国公開。 主演ノーマ・シアラー、監督ロバート・Z・レナード。 ・ヴァージニア・ウルフ日記より。長編小説『灯台へ』執筆大詰め。

『娘弁護士』ポスター。『灯台へ』の舞台はヘブリディーズ諸島のスカイ島。この写真は同島、ニースト岬の灯台。
ただし物語中の灯台は孤島に立ってるのでこの灯台とは様子が異なる。ウルフが小説のモデルにしたのは別荘があったコーンウォールの風景。

【1926年9月4日】 ・恋愛映画 "Don Juan's Three Nights" NYCにて公開。 主演ルイス・ストーン、監督ジョン・フランシス・ディロン ・魯迅、厦門到着。夜、許広平に宛て手紙を書く。 ・ニールセンよりミカエルセン夫妻宛書簡。ミュンヘンでのラジオ放送検証、フィレンツェでのバカンスについて。

"Don Juan's Three Nights" ロビーカード厦門の様子。この写真は1933年頃撮影。1926年頃のカール・ニールセン。

【1926年9月3日】 ・喜劇映画 "Die Kleine vom Varieté" ドイツにて公開。 主演オッシー・オスヴァルダ、監督ハンス・シュヴァルツ ・長編アニメーション『アクメッド王子の冒険』(Die Abenteuer des Prinzen Achmed)ベルリン、グロリア・パラストにて公開。 監督脚本ロッテ・ライニガー、撮影カール・コッホ ・レオポルド・ゴドフスキー、3日から11日にかけて米 Brunswick にディスク12面分を電気録音。その多くは、以前アコースティック方式で録った曲の再録音。しかし今回のが生涯唯一の録音となった曲も。 また録音日に異説あるものもあり。

"Die Kleine vom Varieté" ポスター"Die Abenteuer des Prinzen Achmed" より"Die Abenteuer des Prinzen Achmed" よりレオポルド・ゴドフスキー。1915年撮影。

【1926年9月2日】 ・手錠をかけられたジャン・ジュネ、モーの刑務所を出たのち、列車を乗り継ぎ、それから歩き、午後にメトレ感化院到着。そこへ入れられる。 「…ある静かな九月の日暮れにわたしが感化園に到着した時、おりから夕日を浴びた田園と葡萄畑に囲まれた途上で受けた最初の衝動は、あるラッパの歌でした。それは、わたしの所からは金色の梢だけしか見えない森の中で鳴っていました…」 ──堀口大學訳『薔薇の奇蹟』より ・柳田國男、朝日新聞論説「怪写真の怪」 ・プロコフィエフの日記。友人バシキーロフと進化、科学、宗教について会話。

1839年開所当時のメトレ感化院。

【1926年9月1日】 ・恋愛喜劇 "Young April" NYCにて先行公開。 監督ドナルド・クリスプ ・短編アニメーション "Fadeaway" 米国公開。 『インク壺の外へ』シリーズの一本。 ・短編アニメーション "Playing with Fire" 米国公開。 『マット・アンド・ジェフ』シリーズの一本。 ・ウィリアム・フォークナー、ミシシッピ州パスカグーラにて長編小説『蚊』を脱稿。 ・グラッベ『ゴトランド公テオドール』に基づくラジオ・ドラマ放送。音楽はクルト・ワイル。 ・フランク・ロイド・ライト、パートナーのオルギヴァンナ、その娘スヴェトラーナと共に失踪。

映画 "Young April" ロビーカード"Playing with Fire" のワンシーン。若き日のフォークナー1926年よりずっと後、多分ライト80歳ころのオルギヴァンナとの写真。

【1926年8月某日】 日付の特定ができなかったものを箇条書きで。 ・この頃ヨーゼフ・ロート、フランクフルト新聞特派員としてソ連訪問。 ・D・H・ロレンス、英国を旅行。最後の帰郷となる。 ・イェイツ、詩「ビザンティウムへの船出」を書く。 ・この頃ラヴクラフト「クトゥルフの呼び声」執筆、「未知なるカダスを夢に求めて」執筆開始。 ・魯迅、第二短編集『彷徨』出版。 ・ハイデガー、シルヴァプラーナで休暇。フッサールを訪問。 ・エルンスト・ユンガー参加する『シュタンダルテ』誌、テロ扇動容疑で発行禁止。 ・カール・シュミット「マイネッケ『国家理性の理念』に寄せて」発表。

D・H・ロレンスの故郷ノッティンガムシャー、イーストウッド郊外の風景。スイス、シルヴァプラーナ。

【1926年8月31日】 ・トーマス・マン、イタリアのトスカナ州フォルテ・デイ・マルミに到着。9月13日まで休暇を過ごす。逗留中に奇妙な魔術師のショーを目撃。その印象は、後に彼の短編小説に結実する。 「…年齢不詳、しかし若くないことは確かだ。射貫くような眼、皺を寄せて結ばれた口、鼻の下には固められた小さな髭、凝った装いで、さながら夜の街を闊歩する伊達者といった風…」 ──「マリオと魔術師」より カリガリ、マブゼ、スヴェンガリ…いや、思い出すのはマックス・ランデー。1年前に死んでしまったマックスが蘇ったかのようだ…

Max Linder (1883 - 1925)