Ken Mi

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語学(한국어 、中文、English) 映画(アジア、70年代邦画、80年代洋画)音楽(HM/HR, Jazz,트로트、演歌、歌謡曲) ラジオリスナー #ss954 #ゴールデンラジオ #プレ金ナイト #utamaru #パワーロックトゥデイ 使いながら徐々にX旧Twitteから移行できればと思います。 twitter:@kentaaaaah TikTok https://www.tiktok.com/@kentax76

昔はメタラーという同じ音楽好きなもの同士、即座に仲間と思えたものだが、昨今はまずこのメタラーはネトウヨ じゃないよな?って確認する必要があってめんどくさい。

『ネルソンさんあなたは人を殺しましたか?』 の中でベトナム戦争に従軍した兵士たちが〝グークス〟を殺せ!と言ってたけどグークスは朝鮮戦争の時の朝鮮人への蔑称としても使われてた言葉だよね? ということは結局ベトナムだろうが朝鮮だろうが、アジア人を人間扱いしない、というテンションまで高められた上で戦闘にのぞまさせられてたということかね?

ニコニコしながら商品名を連呼するような人が〝俳優〟とか〝アーティスト〟なんて名乗るのがよく考えたら異常というか、じゃあもしあんたの笑顔とイメージで金稼いだ会社が社会的不正義を働いたらちゃんと批判したりギャラ返納なり寄付なりするのかよと思う。

食料品だけの消費税率を下げたところで、今の円安がどうにかならなきゃ輸入コストや輸送コストはそのままかかるし、値下げ努力を小売りにばかり求めたら小売の経営が苦しくなって潰れたりするんじゃないのかね。

暇になったから家で久しぶりに『さらば我が愛、覇王別姫』見てたんだけど、すげえと思ったのは日本軍の中にも青木のような京劇の芸術性を評価する人間がいて、その後文革により京劇が弾圧される様子を描いてるところだった。 香港台湾作品とはいえ中国の監督の陳凱歌がこれを撮っているということ。 中国映画を楽しむ評価軸として、自分の場合どこまで社会を描いてるか?ってのがあって、政府批判になるかならないかのギリギリを攻める作品を撮れる中国の監督ってめちゃめちゃ腕があると思うんだよね。

この一カ月。 長い間ジャニーズ性加害問題とかパワハラ•セクハラをはじめとした人権侵害にたいしてなんの自浄力も持てなかった日本の芸能界にどっぷりいた芸能人にそんなにいい人が多いわけないだろう、と思った経験だった。 ひとまず早く忘れようと思ったけど、再び沸々と怒りがまた込み上げてくる。 どうしたらいいこの怒り。 あんだけ舐めた態度をとられたのも久しぶりというか、生まれて初めてだった。 どんだけ社会的に優れたテーマを扱った作品だろうと、しばらく日本人俳優の出るものは見たくない。

「稼ぐ」なんて俗な言葉を、公の仕事であるはずの自治体の長を目指そうという人間が口にしている時点で、投票したらいけないことを、どれくらいの人がわかっているのかね。

今の日本って人口がガンガン減り続けているのに、一部人間同士でぐるぐる利益を回す輪に加われるか否かになってて、生み出す製品なりサービスの質は二の次。 先の東京五輪なんてエンブレムからしてそうだった。 名だたる企業は原発輸出で失敗し、一旗揚げようとベンチャーが武器輸出に絡もうとする。 そんなだから国際的な競争力なんかつくわけがない。 現首相が景気の良かったころの日本引きずってる人になってより加速してると思う。

決まった社内文書のフォーマットやデータの保管方法もなく、スタンドアローンのpcで仕事とかあり得んだろう。 外ヅラばっかり繕っても土台がグラグラなのに規模拡大したらいつか破綻するよ。 そんなんで自治体の仕事を請け負って大々的に広報活動してしまっている。 しかも人を雇っておきながら、定まった育成方法もなくその日その日で行き当たりばったりに仕事を割り振る そんなところに自分の体を預けるわけにはいかない。 自分のセンサーが危険を察知した。 。

玉城デニー氏の退任式、大勢の人が溢れて鳴り止まない拍手が起こっていたけれど、Xの方では「こいつら皆活動家」「負け犬を見物しに集まっただけ」とか、これが今の日本だなーという反応をいくつも見た

北欧はなぜ左派が強いのか?: 福祉や再分配により独自の成長を遂げる北欧社会…なぜそうした左派的な政策が通るのか? ①19世紀、プロテスタントの教義に反する国教制度への反発から、市民による自由教会が発達していった ②そうしたノウハウの蓄積をもとに、NGOや労組などの地域組織も増えていった ③その加入率なんと約9割 ④そのため特定の組織が権力と癒着しづらく、組織の権力からの独立が保たれやすい つまり市民の声が地域組織の活動を通して、行政や政府へと(選挙以外でも)伝わっていく構造がある 例えば米国だとデモは多いが組織加入は約3割で、癒着した宗教右派に政策を通されやすい #公正さとしての助け合い

最後の出勤。 一か月で仕事を辞めるなんて、生まれて初めてだ。 今回、とある芸能人が代表を務める会社で、話題になった社会的テーマを扱ったドラマにも出演していた方が、サステナブルな社会を目指すという高い志を掲げていることに、少なからず期待してしまった。 だからこそ、実際に働いてみて、そのギャップの大きさには正直かなり落胆した。 ご本人はもちろん、周囲の人たちも含めて、自分がこれまで身につけてきた「仕事をする上での常識」が、ほとんど通用しなかった。 芸能人とかもう関わりたくもないな。

パワハラ気質の人、自分の言動で目の前の人が辛そうにしていたり、傷ついている姿を見てもなおやめないんだろうか? その目には何が見えてるんだろう?

自分は韓国語始める前に在日コリアン作家の書いた小説や『GO』『パッチギ』『血と骨』などの映画を好んで見ていた時期があって、日本にかぎらずその国で暮らすマイノリティに対する関心を持つようになってきたんだよな。 昨今ではドイツのトルコ系映画監督のファティアキンだとか、フランスのラジリ監督だとか。 民族的マイノリティと比べたらいけないけど、音楽の趣味とか映画とかクラスの大多数と馴染めなかったような自分にとってむしろ感情移入しやすかったというか。

おじいちゃんおばあちゃんと一緒にテレビ時代劇を一緒に見ていたことがその後、エンタメを楽しむための基礎訓練になっていたよな。

最近思うのだが、一応氷河期世代とカテゴライズされる自分だが、幼少期〜大学入学後あたりまではいい思い出も多いんだよな。 あの楽しい記憶があるだけでも今後どうにか生きていける気はしている。

自分のような昭和生まれの人間が最初に口にした冷麺やクッパ、ビビンバっていうのは韓国料理というより在日コリアンのみなさんによる在日コリアン料理なんだよな。 先日見た『トロフィー』という映画の中で主人公ソヒがおばあちゃんの店で食ってた焼肉が本当にうまそうだった。

2004年に沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落したとき、現場はすぐに米軍によって封鎖されてしまう。そのとき、館内で唯一撮影していたのが、琉球朝日放送の記者だった。 米兵はその記者を捕まえ、建物の1階まで連れ出すと「おまえたちはどこにも行かせない」と告げて、撮影フィルムを奪い取ろうとした。 記者は抵抗し、その様子をみていた市民が米兵を取り囲む事態に。結局、米兵側が引いたが、その後の大学と周辺地域は米軍に封鎖される事態になった。

最初に見た中国映画は賈樟柯の『プラットフォーム』でその次の『青の稲妻』あたりだろうか。 オフィス北野が配給に関わっていて北野映画の流れで見た気がする。 以降〝経済発展など変わりゆく中国〟みたいなテーマの映画の作品を繰り返し見たおかげでおれは嫌中をこじらせることはなかった。

アメリカの属国民として願うのは、次はできるだけトランプと真逆な米国大統領が誕生し、トランプの膿を出し切ってもらって、そんなやつに抱きつきクネクネしてた奴のみっともなさを属国民にも可視化してもらうことだね。