matutaro@コミティアいく

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会社経営者 ゲーム、イラスト、ガジェット、成長などが好き 「日々幸せを感じること」を目的に、真剣に人生に取り組んでいます Existentialist, Epicurean

大きなものを大きくみせる、小さなものを小さくみせる、いわば演出の能力は、人という不合理な存在が作品を鑑賞する以上めちゃくちゃ大事だな、と最近思う イーオンズエンドのボスが、ボードでなく小さなカードだったら、まだあのボスしてないな、って思わない ボス一つ一つが大きなものと演出されているから、まだ触っていない余白と感じる 逆に、サプライカードなんかは同質で、実際にゲームに与える影響も相当軽微だけど、それ以上に全然嬉しくないもんな

「この人が絵を描いてるなら買おう!」はわかりやすくありえるが、「この人が翻訳を/マーケティングを/デベロップメントをしているなら買おう!」は、必要なコンテキストが多くて成り立ちづらい 質の違いの理解が容易でないとか、そもそも工程が想像しづらいとかがあるのかな 社会というのは、各々が専門と非専門の分野を持っており、非専門の分野がほぼ無限にある構造上、エンタメはほぼほぼ非専門家によって鑑賞される 非専門家にとって存在や違いが認知しやすいか、という点が線引きの基準なのかも

僕は明確に、作品に対する画像生成AIの使用に反対の立場なんだけど、これは ・そもそも魅力的でなく、利益がない ・倫理的な理由 の2つがある。 「イラストレーターの仕事がなくなるから」「無断で学習しているため、権利的にグレーである」から倫理的でない という論理が成り立つならば、当然翻訳やマーケティング、一般的な事務作業、プログラミング、研究者等についても同じことが言えるが、それは許容されているように思える 倫理や道徳というのはどうしても恣意的にならざるを得ないが、難易度も関係なさそうだし、ここの線引きが人々の中でどのようになされているのかが気になる

もっと脳が元気じゃなくてもできるデータ解析の方法を決定しておくべきだったな〜 今回、今までで一番消耗が激しいから、事前に計画していたレビューがあんまりうまぅできない もっと精度を落としていいから、頭が疲れていても出来る、とにかく楽な方法を考えよう