ららら

@mkrnitk.bsky.social

おたく

文雄を降ろしたところで解決しない問題で降ろしてしまって、茂でやっても解決するもんでもなかっただろうに、拙速を重ねて人材を浪費したのは正直ハイパーポピュリスト召喚のために手札を墓地に送ったようなもんなんだよな……

御坊ちゃまではあるが、気をつわせないためにどうするかと言う気の使い方のできるクー・フーリン族だ、、、、

あとたしか、資料館のあと語り部さんのお話を聞くだったんだけど資料館の内容ですでにちょっとしんどい気持ちになっている人は今回は語り部さんの話を聞かないということを選んでもいいです。その場合は引率とホールの外で雑談していましょう。っていう仕組みだったし顔が白くなってた友達がそっちに参加していた覚えがある。

平和記念資料館にいく→遊園地にいくというプランの学習旅行で、帰ったあと平和記念資料館や、語り部さんの話のことを振り返る作文をする。だったの遊園地の記憶で受けたショックから距離を取らせようとしている!という感じだがでも一人一人に丁寧なカウンセリングをできるわけではない中で悪くないやり方だと思うな

アフターケアとは具体的に何か 場を離れる以外には あと許容量が人によって本当に違うのと、反転はなあ 本当気にある 特に教育現場なんで反抗期の子供達で溢れているから親への反発、学校への反発、権威への反発が今度はそっちに向かう

防衛反応による教育の反転は本当に心配するところだし、露悪の根源でもあるんじゃないかと思う正に思うところってそれなんです。 トラウマを抱えていつか消化できればいいけど出来なかった分が社会に垂れ流されても意味がない。

原爆被害の展示と子供の受けるショックについて、「子供の頃にエロでもなんでも突然ぶつかった方がいい」みたいなのとどう違うのかわからない意見になっちゃうのなんだかなと思っている。 意義がある、文脈がある、誰かの思い入れがある、というのは積み重ねて理解できる情報だったりするし、理解する前にショックを与えろと言いたくなるほどの事柄なのはわかるけど、これも私の積み重ねの結果です。 今朝のニュースでは被爆者の意見と落とし所として「見て気分が悪くなったら休んだり周囲の大人に相談して」という一文がついて“見る前提だがアフターケアもする“方針になったそうで。今のところ妥当だと思う。

いくつかフォロをしてる中でそらげんちにちかいから当然ですがアルジャジーラが私が読める海外メディアでは1番現地のことを現地の目線で拾っている気がする

海外もメディアによる BBCは事前警告あるイメージだけもアルジャジーラはない ここではRPしなかったけどこれよりもショッキングとされる絵もあります

A Palestinian father has opened an indoor play centre in Gaza to give children a sense of normality as they continue to endure near-daily Israeli attacks, with free entry for families who cannot afford to pay.

「はだしのゲン」以外だと「火垂るの墓」序盤の清太と節子の母が血まみれの包帯姿で横たわってるシーンははっきり言ってかなりグロテスクだけど、戦争になったら(WW2に限らず現代のウクライナやガザでも)ああいう光景を否応なく見せられるわけで、あのシーンを削除したら伝わらなくなるよな…と思う

祖父は米軍に忍び込んだモノ盗んでそれを戦利品と呼んでいたと言う自慢話をしていた、というのは母から聞かされたな 母はたぶん、祖父は当時子どもだからわざと見逃されてたんじゃないかと推測していた

(釘を刺しておくけれども、これは「ペルソナを被るのをやめろ」という話ではない)(「ペルソナに夢を見るのをやめろ」という話)

「いい人だけの社会」というのは、(生まれながらに清らかなる人を除けば)誰もが常に「いい人」のペルソナを被り続けることを要求される社会だと思った方がよい。他人にそれを要求する人が、自分もそうしなければならないことにどれだけ実感を持っているのか疑わしく思わされることが多い。

ネジの祖父母世代がギリ戦中世代(物心ギリつくぐらいで戦争を体験した世代)なので、おそらくこれからの平和教育にものすごい焦燥感もあったんだと思うんですよね 体験を語り残せるのは自分たちで最後だって思ってたんだと思う、熱心でしたねとても

核実験場だけじゃない、核開発は入口から出口まで全て核汚染を伴う。ウランの採掘場から劣化ウラン弾の使われた戦場まで。クリーンな核なんてない。人類と核は共存できない。

単純に現場の戦争教育とは別に、わたしが小学生のときで一回、ビーチで海に落ちてる弾親族の子供が拾って持って帰ったしなあ 戦争体験はなくとも戦後体験は長くそこを語れる世代はまだ60代

あとあんなに大人のみんなが毎年毎年ガマにぶちこんだり海軍壕にぶちこんだり、あの手この手使って頭に叩き込んでくれた結果仕上がったのがこれ(すしざんまいのポーズ)というのもこう かなりのガッカリ感がございますわよねふふ(同世代にも全然立派な方々いるので安心してください)

バキゴリの反戦教育地域出身なので、公立小学校の図書室にふつうに地上戦で亡くなった折り重なった死体の白黒写真などが展示されていたんだけど(今もそこまでゴリゴリなのかな どうだろ) ネジが特に文句ないタイプの子供だっただけで、ショックを受ける子供は受けていただろうと思う

学校教育って大体そうだけどマニュアル化していくうちにどうしてもこう……乱暴っていうか雑〜〜になるでしょどっか(???) ある程度現場は現場でやってくしかないからしょうがない例のあの感じがあるじゃないですか、あれが別に平和教育でもしっかり起きます 熱心な人員がいればまた別ですが

被害者にも加害者にもなってはならない なるのが怖いとかの気持ちはどちらに対しても変えられないと思うああはなりたくないから自分はそちらをマシだと思うは本当にわかるのですが わかるのですが 「今」被害を受けてないから言えるセリフだなあという