なかむらCRAB

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さるかに合戦って、英語にするとmonkey vs crab なんですかね? 『なか』さんの映画レビュー | Filmarks https://filmarks.com/users/nakacrab #Filmarks #映画

本編とはほとんど無関係ないけどとりあえずオモシロカッコいいシーンを冒頭に持ってくるやつ、エンタメ映画あるあるやけど真面目な人からするといい加減な本の作り方だとネガティブな意見も出るんだろうか。 それともこの作品はめちゃくちゃ真剣に見るようなもんではないというメッセージを含めてるという点で評価するのか。 音楽の和音みたいなもんで、お話の冒頭というのは空気感や読み手に求めるテンションを伝える役割もあるわけやし。

映画業界そのものがビジネスとして成立しにくくなって、連ドラとかテレビアニメみたいな手軽なメディアへと注目が流れていった背景がどうしても強くて。だから連ドラやテレビアニメの方へと才能も集いやすいしその流れで作られた映画もヒットしやすいし、という人材や才能の流出もあったのかな。 今はテレビから漫画やネトフリやアマプラへ人材が流出したんやろうけど。

踊る大捜査線の映画2作目ってなんやかんやオープニング映像とかはカッコいいし見いってしまうすんよね。連ドラの映画版がいつまでもデカイ顔してた平成序盤の邦画業界どやねんってよく言われてるけど。なんやかんやそれなりに才能は集ってたんじゃないのか。広告とかメディア業界もあの頃は。

市民ケーンとか12人の怒れる男達とか24丁目の奇跡とか、いわゆる白黒名作映画やけどちゃんとオチが強くてエンタメしてるから雰囲気系映画よりオススメしやすいと個人的に思ってます。 恋する惑星とかベルリン天使の詩とか集中力持たなかった苦い思い出。

転職口コミサイトみたいなやつ、500文字書かないと他人の口コミ読めないのに、ユーザーごとの口コミが500文字もなくて、こういうのって有料サービスでその会社が都合の悪い投稿を消してたりするんやろか。

練習時間や勉強時間うんぬんで労働時間に対しても同様の理屈こねてる投稿おもろ過ぎやろ。 少ない勉強時間でそれなりの志望校に行けた人間の方が優秀やし、少ない労働時間でそれなりの年収出せてる人間の方が優秀やろ。 偶然、1日が24時間やからわけわからん理屈こねてるだけでこれが12時間とか6時間ならどうなんねんって話やで。

あたしンちの母のフォルムが変な形してるけど、身近な人をイラストにしてデフォルメしまくるうちに最終的にああいうフォルムまで行き着くというのは実感としてわかる。 誇張をし続けるとああなる。

ヒトのこども用のハーネスが見た目だけの点で犬猫に見えるんなら、こども側を犬猫に見えるようにケモ耳を着けるか、ハーネスの縄部分を大人側の腕かのように見えるようにカモフラージュするしか道は残されてないやん。

マッサージボールを背中で下敷きにして寝転がると肩や肩甲骨あたりの血流がもどってきてる気がする。寝る前とか帰宅した時にやってるんやけど効果すごい。 ふだんから運動すればええんやけど。

会社や職場でもそうかもしれへんな。経営が下手なのと雑なのは違うもんな。人の扱い方が下手なのと雑なのも違う。 能力が低いのと手を抜くのは違うからそれがバレた時に白けてしまって離職していくんやろな。

下手と雑は違うっていう名言、ほんと当たり前なんやけど深くて。これって信頼関係の話なんやろな。この作品やエンタメというより作り手やその組織に対して今後もファンになっていいのかは信頼の話でもある。 作り手が情熱をかけてないとファンに思わせるってことは、ファンで居続けることがバカらしくなることに繋がりやすくて。 この程度の仕事ぶりってことは他の部分でも手を抜くしオチもヒドイんだろな、と思われたら終わり。白けさせることのリスクの大きさを表したのが、下手と雑は違うって一言なんかな。

それくらい、人間関係の悪さを理由に挙げてる時は余白が無くて構造的問題点に目がいかなくて考える余裕の無さが常態化してるんだろうな、という。人間関係の悪さは視野を狭くさせる。

転職理由や求職者達がその職を選ばない理由みたいな話題でたびたび出てくる「人間関係の悪さ」 これホントに納得できなくて、無から人間関係の悪さって生まれないやん。 危険性や緊張感や責任の強い仕事内容であったり、人員配置の少なさや、属人生が高くスキルの習得しにくさや、給与休日待遇や、職場内で利害関係が複雑になりやすかったり、 根本の原因によって人間関係が悪化するんであって、無から関係が悪化してるわけやないやん。

教誨師なかなか良い一冊やわ。空じる、という考え方。心や空間や時間に余白を生むことでようやく過去から切り離して今どうするか、これからどう考えるかへとシフトできる。 被害者意識や周囲への恨みが強過ぎる人に対しては余白を与えるしかない。これは犯罪者に関わらずありとあらゆる対人トラブルにおいて有効かもね。

初めてヴェスヴィオ火山付近に首都建てたけど想像を絶するレベルで人口増えなくて笑う。なぜこんな危険なところに住むのか。でも生産力すごい。いや、でも働く人がいなくて活かせない。やっぱダメだろここに住むの。

エジプトとかマリとかヌビアとか。砂漠と信仰のシナジーしやすい文明あるけどオーストラリアは段違いやな。いや、オーストラリアは信仰以外になんでも強いんやけど。国立公園ステロで観光勝利が基本ではあるけど。それにしても区域配置の時の隣接ボーナスの画面で8て。なかなかお目にかかれない。 ブラジルで熱帯雨林ガチすればワンチャンあるか?くらい。

civ6でオーストラリアやってて、砂漠のパンテオン取って聖地の隣接ボーナスをガチると、5~8くらいは出る。これを政策カードで倍にして10~16隣接点が出る。さらに宗教効果で生産力も出るように。ここで隣国から戦争をしかけられると、生産力が10ターン倍になる。 つまり、聖地だけで生産力が30くらい出る。聖地以外からも15点くらい出てると、合計で60点くらい出て、世界遺産が5~10ターン程度で完成してしまう。 オーストラリア特有の砂漠の多いマップ構成やアピールの高さに応じた追加の隣接ボーナスによって聖地ガチプレイが凄まじくなる。

ホンマに会社の経営状況が大変な時に~っていう話題よくあるけど、社会全体で長い目で見たら経営状況がホンマに大変になったなら一度潰してしまって、余ったリソースをマトモな会社に集めた方が世のため人のためやと思うで。 この、大変な時になんとかなったという経験が予後を悪くするケースがあって。失敗から学べない原因にもなるし現場の労働者も搾取され続けるハメになりやすいというか。

教誨師読んでる。ノンフィクションやけど人生が波乱万丈過ぎて読み応えがすごい。ノンフィクションだからという付加価値で読むんじゃなくて、別に小説だとしても十分おもろい。 でも小説じゃないから背筋を正して読むことを意識させられる。死刑というのはそれが決定した時点でそれ以上の苦しみを与える必要がなくて、人によっては拘置所に入れられることでようやく人生における苦しみから解放されたケースすらある。想像を絶する現場やね。

じゃあ皆さんは周りに流されてタピオカ屋とかかき氷屋とかおにぎり屋をやるんですか?という話になる。 脱サラして起業することに対して将来性とやりがいを感じてるから失敗しても納得しやすいのに、単に流行ってるだけで手を出すなんてことはない。 投資と保険、持ち家と賃貸、独立開業と雇われ、こんなもん正しさよりもメンタルや性格の話としての側面が大きい。

株価が上がってきたから投資だNISAだと浮き足だってる単なるブームに過ぎないのに、生命保険や賃貸といったローリスクやリスク分散行為に対して旨味が薄いとダメ出しするのはおかしな話だと思う。 しっかり価値観や哲学や軸をもって、病気や災害を恐れてるから賃貸や保険をチョイスしてると割りきるのも一つの生き方ではある。周りに流されて投資に資金を過度に投入したら失敗した時にメンタルが持たないんやし。

civ6のペリクレスギリシャって政策カードも増えるし太古からファランクスもあるし芸術区域もコスト半分だし都市国家の数だけ文化伸びるし。かなり壊れてるけど芸術区域を丘陵にしか置けないのはデメリットとしてデカイよね。 最初期から居るキャラやけどデメリット能力持ちって珍しい。慣れてくると世界遺産を計画的に建てて芸術区域で囲むから丘陵にしか置けないのは困る。それでもカード増えるのはかなり強いけど。

黒牢城を読み終わった後に教誨師を読んでる。どっちも牢屋に入ってる人と喋る内容で漢字三文字タイトル。この程度ではどちらかぜんぜん絞れない。

なぜ会社で働いてると幸せになれないのか、みたいな本で提示されたヒントで。組織構成員としてキャリアを積み上げるより職業人として場所を問わず通用する人間を目指した方が気がラクかも、みたいな。 会社に就職するのは就社であって、職業人になることを指すという本来の意味での就職ではないという視点。 そういう意味で看護や理容といった手に職をつけるスキルや資格というものこそ本来の就職なんやろね。

介護や育児や家事などの社会的ハンデを背負った結果の時短勤務な人々を職場のお荷物って非難するのあまりにも社会構成員としての視座が低い。 先鋭化したら経験豊富で残業しまくれる30~50歳の人間しか許されないことになる。そんなのIT系ベンチャーやエンタメ系ベンチャー企業だけでええやろ。 組織そのものが社会の仕組みにフリーライドしてるのにハンデ背負いながら働いてる人を組織のお荷物呼ばわりは道理に反してる。

架空のキャグとツッコミ 口ずさんでる人のイラストで「全音符」が跳び跳ねてる表現あんまないよ?! 確かに8分音符を使いがちよね。4分音符もチョロンが無くて見た目が音符っぽくないし。全音符に至ってはなんやねん。

ある意味で民主主義なんやと思う。大衆が行儀良ければ行儀の良い作品も流行るし、低俗な作品も流行る。両方どんどん世に放たれる。逆に政府が厳しくなったり強権的になったり大衆のモラルが低ければ自由度は下がるのかも。 差別や治安で問題のある国に限って表現問題でよく荒れてるわけやし、本邦も治安悪化や差別にまみれたら自由も損なわれそう。

表現の自由だなんだで某マンガのアニメ化で揺れてるけど、どちらかと言うと自由うんぬんの話よりも大衆の作品への扱い方や大衆のモラルとか、そこと表現の自由の精神とか、それらの両輪で議論しないと何も見えへんと思う。 どんだけ優れて様々な面で配慮された作品でも大衆がオモチャにしてたらメディアミックスやアニメ化も上手くいかへんというか。 ネット民が行儀良ければ自由にいろんな作品が世に放たれるだろうけど。