ぽっけさんに教えてもらった年縞博物館、めちゃ良かった。学者たちの挑戦に想いを馳せてことができたし、無料音声ガイドも充実してた。あのへんに行かれる方はぜひ(三方駅からタクシーがオススメ)。
広告まみれでちゃんと読めないサイトとか、見知らぬ他人が喧嘩するように設計されたSNSとか、デマとAIまみれの動画サイトとかほんとになんなんだよ。全く慣れてなくてずっと新鮮にムカついてる あの時代は本当に狂ってたなって後世言われるようになることを願うことしかできない
明日は天橋立に行って、余裕があれば小浜にも行きたいけど、さすがにその旅程は無理っぽいかなあ…小浜に行くと帰るのがめちゃ大変になってしまう…
色々な分野でそうなのかもしれないけど、特にソフトウェア開発の分野では人間1人の生産性(測定可能な能力、と言い換えても)の重要性が下がっている感覚がある。ゲームで言うなら、全員が前衛タイプの精鋭であるパーティーより、バフ役や回復役が適切に編成されているパーティーのほうが強い、みたいな。 (ゲームの比喩を使うとすごく当たり前に聞こえる…) そしてこの状況下では、個人の評価を行うことはすごく難しくなる。役割が先にあってそこに個人が入ると考えると、同じ役割同士でないと適切に評価・比較できない。しかし比較対象内部(社内など)に完全に同じ役割のポストが複数あるとも限らない。
Amazonの書籍レビューで、「この本は頭が悪い」趣旨のレビューがあったのだけど、長い文なのに「。」がなくて全部「、」の超絶読みづらい文章になっており、なんというかアイロニーを感じた。文章を読む力と書く力は大体比例すると思う。
美学の時代には、共有されざるものを共有するという難題が待ち構えている。そこでコミュニティの真価が問われるのだと思う。
そういえば、倉敷で店員さんと「晴れの国岡山でも雨ですね」「梅雨には勝てませんね」「勝てないんですね」みたいな会話をした。桃88%ジュースはとても美味しかった。
大津に行ったあとにどこに行くのがよいのか考えていたけど、小浜とか舞鶴とか天の橋立までなら3時間くらいでいけるらしいので全然アリな気がする。帰宅が問題だけど、敦賀から北陸新幹線か京都から東海道新幹線か、どちらかになりそう。
Ruby関連だけでも年5回くらい国内旅行しているから、これを10年続けると理論上は全都道府県を周れるレベル(実際には和歌山・徳島・高知などの難関はある)(松江の回数が多すぎるとか言わない)
地域Ruby会議で宝石の話(しかも本当に作っている)をする人がいるなら、いつかBuriKaigiに生の鰤を持ち込む人も出てきそう。