みやさと

@paststranger.bsky.social

自他境界があいまいな相手に対して、「私はそんなことを思ってもいないのに」「勝手に私の考えを決めつけて思い込みで話さないで欲しい」とずっとイライラしていた。でも、相手の問題を私が引き受けることはできないので、そこは巻き込まれないように気をつけるしかないんだろうな

以前旧Twitterだかに書いたが、自分は94年に小学3年の1年を広島県内の親戚宅で過ごして、その間に「大久野島の歌」「ぞうれっしゃよはしれ」「青い空は」を歌い、強制連行された中国人を描いた虫プロ映画『ライヤンツーリーのうた』を観て、狭山事件について教わった。 特に狭山事件については、地元埼玉ではなく広島で知ったことがショックだった(地元では近すぎて取り上げにくいという事情はわかる)。 平和学習とは人権教育であった。小3には理解できない部分もあったが、たった1年でも受けられてよかったと思っている。

李鐘根さんが亡くなり4年。16歳の時、広島で被爆。子どもの頃は出自による差別に遭い、被爆後は「原爆がうつる」と偏見に苦しんだ。長らくルーツも被爆者であることも表に出さずに生活を続け、自身の名前と共に、証言活動を始めたのは80歳を過ぎてから。改めて読んでほしい。 d4p.world/11909/

被爆と出自、70年近く隠し続けた。今なぜ、自身の名で被爆体験を語るのか。 | Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)

頭を圧するほどの強烈な日差しが容赦なく降り注ぐ8月最初の午後。広島記念平和公園の木々の間からは、耳の中でこだまするほどのセミの声が響いてくる。うだるような暑さの中でも、慰霊碑に手を合わせに来る人の...

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川名大は女性と戦争を俳句の歴史に位置づけるにあたり、近代社会の公私二元論を参照する。それはやはりフェミニズム批評の成果を反映していると思う。ただ、その川名ですら、しづの女を「昭和十年代のキャリア・ウーマン(福岡県立図書館司書)」と言及しており、なんともチグハグな感じがしてしまう。川名は主婦としての顔≒「内」、司書(キャリア・ウーマン)としての顔≒「外」とウチ/ソトの線を引くが、私は、図書館出納手としての顔≒「公」、俳人≒「私」と公/私の線を見出す方が自然な感じがする

川名大『昭和俳句史』に、ずっと探していた、俳句の検閲に関する記述がある。読みながらいろいろな感情が込み上げてくる。しづの女の聖戦俳句が引用されている。私はそれらの聖戦俳句が掲載された『俳句研究』を読んで、ずっと気にかかっていたのだった。聖戦俳句は戦後の句集にはほとんど収められていない。なぜ隠蔽したのか、ほんとうに俳句史に記述がないのか、数年前に調べようとしたことを思い出した。

感動BGMスローモーション握手演出PVに対する絶賛の声に思い出すのは、伊丹万作の「戦争責任者の問題」。 「だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。(略)あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。 (略)「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。

眞鍋せいらさんの「ひっかきまわし短歌講座」の第1回目で紹介されていた、中野敏男『詩歌と戦争』を読んだ。 北原白秋の詩と、白秋に伴走した多くの歌や歌謡が、いかにナショナリズムと共鳴していったかということがよくわかる。現在では、国民みなが愛唱するような曲はなかなか生まれないだろうが、その代わり、サッカーワールドカップなどの国民的スポーツ行事がその役目を果たしそうな気がする。 オリンピックやワールドカップの熱狂(よく知らないが、視聴率などでもわかる)と、それが明らかにナショナリズムに燃料を与えそうなことへの不安はいつもある。そんなことを考えた。