うぃる祥
@ririwillshow.bsky.social
きかんしゃトーマス(汽車のえほん)が好きです ここでは何をしようか考え中 まだ何も決めてない
歌詞に引っ張られる~! いっそ写経してしまいたいけどそれは鍵垢でしか許されない著作権侵害 いや鍵垢でも許されないのでは?どうなんですそのへん?
流さないヘアトリートメントで手がベッタベタよ とにかくタイピングして勘を取り戻そうとするワイ キャンドルに火をともしましょ
誤字どうでもいい~☆などと言っていられたあの頃よりずっとタイピングやばくなってる大人へ時がプレゼントした今日までがオタクのルネッサンス
仮にそれを「相対的低度」と呼ぶとしたら、相対的低度な私にとっての高度な判断の連続は私を苦しめるという点では間違いない。 そしてこの相対的低度が「不慣れ」と同義かどうかが現時点ではわからん。様子見…。 不慣れなだけであってほしいが、不慣れ以前に「根本的に向いてない」という可能性もあり、この場合どうなるかというと、高度な判断をすることに慣れるというよりも「判断が上手く行かないことに慣れる」という方が近い上に心身の消耗が激しい。 建設的な措置として向いてない部分を補うための工夫があれば良いのだけど、まぁそれを考える一苦労が加わってしまうのはそう。 ええい私は何をしゃべっているのだ。(レンガ積み)
ちがうんや! 私の場合は高度な判断じゃなくて、私のレベルが低いから普通の判断が高度に感じられてしまうだけなんや!(なんの言い訳)
最近の若者の名前群とは絶対違うのにスマホ当たり前で楽しい捻れを感じる 少なくとも私はちょっと安心する秀司や紫乃という名前に みゆはいる ギリみゆきのオシャレ版でいる
やべ漫画読んでて夜更かし久しぶり 『正反対な君と僕』だけどアニメの最終話も見た タズまじ言及されてないけど逆にあれで付き合ってないor付き合わないって着地は「訳あり」に分類されそうっていう感想(感覚?) 名前が最近の若者ぽくないことからもあの時代の匂いするからアレ系だろ〜的な
平側の話が多めになって東側の考察がやや少なくなってしまうのは、東の状況が女子あるあるでキツ過ぎるから私の心がつらいせいかもしれない。 東のように何でも許してしまい雑に扱われ人間関係に期待しなくなってしまうか、こちらの気持ちなどお構いなしで都合よく扱われるという点は同じでも状況や性格が違うホンちゃんのようにオタク道を進むか…人によるね…。対象キャラ限定タイプのツンデレは食指が動くのですかホンちゃん?うふ。
平の被害妄想って全てが被害妄想ではないのがミソだよね。 小学校時代笑い方について言われたこと(笑えなくなった原因)や、中学時代の扱われ方(居場所がないと感じる原因)や、高一時代の元カノの拒否とその後のヒソヒソ嘲笑(自分はダサいと思うようになった原因)などは本当にトラウマになるようなことだった。それは被害と言っていいと思う。最初から全てが被害妄想なわけないと思う。痛みを知らなければ痛みの妄想は起きない。 それに痛みを知らなければ他者の痛みを感じることもできない。今の自分になった理由を探す平だからこそ東の端的な話だけで東の立場に寄り添った理解ができたし「怒れよ!」と気持ちを込めて断言できたわけで。
「どっちでもいいけど一生そばにいてほしい」はタズの都合で考えた場合で、仮に二人が別の人と付き合う結婚するとなると相手側が無理なんじゃないかなと思うので、補足として二人が一生独身の場合ですね。 一生繋がりが切れないけれど他の人と結ばれる場合、平の彼女/妻、あるいは東の彼氏/夫が、きっと無理でしょう。
『正反対な君と僕』のタイラズマが気になって夜は眠れるんですけど起きてる時に気になる感じです。コメントを拝見すると付き合ってほしい/恋人夫婦派と付き合わないでほしい/親友派に分かれるようで私は正直どっちでもいいけど一生そばにいてほしい派です。二人のコンプレックスやトラウマは他人に本気で愛される自分を想像できない感だけど本当に本気で愛されたと実感できた後については未知数なのでやはりまずはお互いが相手を人として本当に大事にしていることを疑わないくらいまで信頼を築き上げることが先決だと思います。なので付き合うに至るまで数年かかると思っています。高校三年間を含めてトータル10年位は付き合わない関係文字数
東はなんかもう平しかいない気がします。仮に「なんかこの人平に似てるな」という人が今後現れたとして、その時仮に平を諦めていたとして、東がその人と付き合えるくらい「東を決して利用せず雑に扱わず東の苦しみを矮小化せず東の苦しみを正しく言語化して我がことのように怒ってくれる人」だったとして、その三つの確率が揃う確率は低すぎやしないかと思ってしまう。
コンプレックスやトラウマに関しては人それぞれだろうと思うのでどうしても自分基準で考察してしまうのだけど、要するに「例外」が発生する感じなのかなと。平はあれほど他者を疑う癖が根深くついてしまっているとそう簡単に払拭できないと思うので(人を見る目を養う期間が必要で)どういう相手なら安心できるかを平自身が理解する、即ち東こそがそういう相手だと自覚する必要があると思うのです。最終話ではそのあたりがまだぼんやりしてて、でも東との繋がりを確保したいという発言行動に出ているためそう遠い未来のことではない気がします。大学でどれほど信頼できる相手に出会っても平にとって「本当の自分を知られたら」という不安があった
『正反対な君と僕』のタイラズマが気になって夜は眠れるんですけど起きてる時に気になる感じです。コメントを拝見すると付き合ってほしい/恋人夫婦派と付き合わないでほしい/親友派に分かれるようで私は正直どっちでもいいけど一生そばにいてほしい派です。二人のコンプレックスやトラウマは他人に本気で愛される自分を想像できない感だけど本当に本気で愛されたと実感できた後については未知数なのでやはりまずはお互いが相手を人として本当に大事にしていることを疑わないくらいまで信頼を築き上げることが先決だと思います。なので付き合うに至るまで数年かかると思っています。高校三年間を含めてトータル10年位は付き合わない関係文字数
だからといって今までのTTTEへの熱が冷めたわけじゃない。 「今までの」というのは私の場合だと21期まで(22期の一部を含む)になるのだけど、ずっと殆ど変わらず同じ熱量で大好きなままです。 まだ未来がどうなるか知らなかった頃、Twitterでフォロワーさんたちとワイワイ語り合ったあの豊かで鮮やかで楽しい記憶はずっと変わることはない。 ここまでは今でも不変で断定できること。
結論を言うと私の場合RWSの根底にあると思われるあの3台の存在や関係性が新シリーズで希薄あるいは皆無になった時、それは私の大好きなTTTEではないと認め、優しい言い方をするならば、同じ熱量で大好きにならなくてもいいと思うようになった。 優しくない言い方をすると四方八方に飛び火しそうなので言いたくない。
ミスリードを防ぐために言うと「私は原作から入ったわけじゃない」のだけど、「直感で最初から42+3が好き」 よってそこそこ早い段階で原作厨になった
私を含め子供ではないファンにとって何が障害になるのだろうと考えると、…他のファンの人達の本音や潜在意識などのことは正直わからないのだけど、自分として考えると、やっぱり「自分が大好きな(大好きだった)TTTEではないものを、TTTEと同じ熱量で大好きにならなくてはいけない」という部分が障害になるのだろうなと思う。 そこを突き詰めていくと私の場合は1巻トリオ(42+3)が起源なので致命的ですらある、これをまず自分で認めないといけないと思ったかな
AEGの時にあまりの変化についていけなくなったファンは多かったのかもしれない(統計とってないので断言を避けます) それは「何から見て大きい変化なのか」という部分で、ビジュアルもあるだろうけど設定やキャラの性格や世界観等広範囲が大きく変わったという点で、魔線レベルの改変ではあると思う、いや魔線の方がだいぶマシか… AEGはもうそういうものとして別物として楽しむ方がメンタル的に楽かもしれないと思った 原作や模型やCGの記憶がない、CG以前の時代はまだ生まれてなかった小さな子供たちと同じく、AEGを最初のトーマスとして見る子供たちのように楽しむのがコツなんだろうと
原作から模型になった時もうすでにとんでもない改変をしているわけだけど、そこは牧師が模型好きだったから「これもアリ☆」みたいなノリで好意的だったため、別物として受け入れられてたんだろうなと思う 原作と模型時代全然ちゃうやんけと私なんぞは思ってるんだけど、日本の場合は特に原作よりTVで入ったファンが多く、原作重視だったのは某氏くらいじゃないですかね…
ちょっと前までならハイテンション狂気演出で「フヒャハハハハハァー」とか切り出したんだけど、この長雨でそんなテンションない テセウスの船について TTTEって割とテセウスの船だよなと思って どの作品でもアニメ化や実写化するとそうだけど、TTTEはこれが多いなぁと テセウスの船は形自体は元のままだけど最初のパーツがなくなった時の話だろうから、これをどう抽象化して定義づけるかによるんだけどね
皮肉が過ぎた。 ゴードンは自分のイメージづくりに必死だけど、彼が求めているであろう理想像は、既に彼自身である。実質そうである。 ということに彼は自信があるはず。 だから自信たっぷりに言葉にする。 けど、実際君はその理想像そのものなのだから、それに皆もそれをわかってるから、そう自慢しまくる必要はないんじゃない?僕もよくわかってるから、明らかに誇張し過ぎな時以外は否定してないじゃない?という気持ちがエドワードにはあるのかもねとわたくし個人は思っております。
簡単に言うとゴードンは自分のイメージづくりに必死。(ごめん…好きだよ…)
イギリスにおけるスタンダード「皮肉を言い合う関係」というものを、エドワードと唯一構築できているゴードンは、エドワードにとって対等で信頼ある相手だという表現、そういう意味で描写されてるんだろうと思う。