たら

@samusiro.bsky.social

見るのも描くのもアムシャのみ 相手左右固定 特定の2人の他に替え難い関係性が好き みた&読んだ 1st/Z/CCA/SD/ORIGIN/arhm ゆうびん https://wavebox.me/wave/6ufx00ys7nye3d9s/

昨日まんが描いてて思ったけど自分のぬい作るのってかなり人の善性を信じていてすごい ぬいぐるみという最も無力な存在であってもひどい目に合わされないであろうと信じられる楽観さがarhmのシャアって感じだ うかつにゾンビに近づいてとっくにゾンビになっているに違いないというアムロの見立ては合っているな(最新話ネタです)

ファーストの表情の描き方、本当に好きだ 人間の表情ってこんなにたくさんで複雑な感情を伝えるコミュニケーション手段なんだよということを教えてくれる 決して派手じゃなくていい 全部セリフにしなくていい ちょっと眉毛の形を変えたり瞳の輪郭を変えるだけでたくさんの情報を伝えることができるんだって……

それからフラウが置いていったサンドイッチにふっと目をやって「ああ!食べなくちゃ……」て言う声の怖いくらいのまろやかさとか 病的に無垢になった瞳の表現とか 追い詰められて、あとは精神を狂わせることでしか心を守れない人の描写が巧みすぎてぞくぞくした あの時のアムロって「フラウが食べるように言ったから」動いたんじゃなくて「サンドイッチが目に入ったからそれをトリガーとして機械的に」動いてるんだよな 反射でしか動けなくなってる それくらい脳が疲弊してる……っていうことがしっかり伝わってきて怖すぎる 描写のうまさが

アムロが神経症状を出す直前、無音の暗い部屋で一人で機械いじりをしていた描写わすれられないな たとえいじっているのがガンダムの予備のコンピュータだとしても、アムロにとって機械いじりは戦争を遠ざけて日常を思い出す行為であり、なにより没頭することで心を癒す行為でもあったんだろうな……

映画版でアムロがガルマと二度戦った時、どちらもガルマは、ガンダムに正面から突っ込む、ホワイトベースに正面から突っ込む、っていう鬼気迫る姿を見せていて これって、ガルマが背負っている「ザビ家」という重みがそうさせたんじゃないかと思う ドズルが最期に見せた恐ろしい影のようなものもそう 背負っている人の振る舞いだったのかな

デギン・ザビは四人で分けて背負うことができたけど ジオン・ズム・ダイクンって一人で背負うには大きすぎるんだろうな(キャスバルはアルテイシアを徹底してジオン・ズム・ダイクンから遠ざけようとしていたので「一人」とする)

アムロって割とファーストの段階から「父さんが作ったモビルスーツ」じゃなくて「高性能なモビルスーツ」としてガンダムを見ていて「テム・レイの子」というアイデンティティはそんなに強くないように思える 一方シャアは「ジオン・ズム・ダイクンの子」からいっときは逃げようとして、でも逃げられなかった葛藤を抱えている印象がある

お父さんとお母さんなんて信じられないと思いながら育った人が誰かとわかりあうのに血の繋がりは必須じゃないという価値観を持つことがあるように、人は誰も信じられないと思いながら育った人がそれでも血の繋がりだけは動かすことのできない確固たるものという価値観を持つことがあるなら アムロとシャアのそれぞれの価値観にはそれらがうっすらあるような気がする 絶対ではなく可能性の話です

誰にだって、信頼できる人(恋人や家族などの属性に関わらず)にだけ見せる甘えた姿ってあって それがアムロがおかあさんに抱きつく姿や素直に頷く子どもっぽさだったり シャアがララァに言う「今度は私がララァの命令に従う」だったりするんだろうか シャアは映画版1部では友人や部下にうまく寄りかかるように見せて本質では一人で立っていたように見えたから、そんなシャアが誰かに本当に寄りかかるっていうのは最大の甘えた姿なんだろうな

おかあさんの姿を認めた後、アムロがおかあさんに抱きつく仕草 ジオンの憲兵が見回りに来た時、おかあさんに「動くんじゃないよ」って言われた時のアムロの頷き方 どちらも、まったくの子どもの仕草そのもので見ていてすごく苦しかった ホワイトベースでは抑圧しなければならない15歳のアムロの子どもの部分が、やっとおかあさんに会うことで顔を出すことができたようで

アムロがブライトの命令やセイラさんの指示にこっそり小声で言い返している姿とCCAのシャアがこれでは道化だよ、俗物どもが、って毒づく姿が重なるな そう思うとファーストのシャアよりCCAのシャアのほうが液晶の向こう側の私に近づいてくれているんだな

主人公ということもあり、アムロは自分の丸出しの感情を液晶の向こう側の私に見せてくれているけど シャアは決して見せてくれないんだよな 理想の上官、理想の友人、理想の復讐者をずっと演じていて、その演技をこちら側に少しだけ見せてくれている感じがする アムロが「元サイド7在住だったアムロ・レイさん」そのものとして立っているんだとしたら、シャアは「シャア・アズナブル役の人」として立っている感じだ 映画版1部の段階では

ガルマがシャアに言った「家族のいない君には分からない苦労さ」、アニメ版で初めて聞いた時、"友人"にこんな酷いこと言っていいの!?って本当にびっくりしてしばらく忘れられなかったんだけど 映画版でも省かれずにあって、そっかやっぱりこのセリフってそれなりの重さを持って決められたセリフなんだ……と思った シャアはガルマに対して気さくに振る舞っているんだけど、それって「振る舞っている」なんだよな 本来のシャアではない 自分には家族がいないんだってことも嘘 ガルマはシャアを素直に信じているのにな シャアはどんな気持ちだったんだろう

「母さんは……僕を………………愛してないの?」の「僕を」から「愛してないの?」までの沈黙の長さについてありとあらゆる人と語り合いたい 一緒にファースト映画1部をみて圧倒されてくれませんか 沈黙に凝縮されたアムロの気持ちについて夜通し語り合いませんか どうか……

本当にファーストっておもしろい 言葉にできないくらい複雑で現実の地続きにあるような質感の感情をどうしてこんなに上手に表現できるんだろう 個人のものすごくミクロな感情をえがきながら歴史という物語のマクロな流れをえがいていて お話としての完成度が高すぎる

ファースト映画1部みた おかあさんと再会する話が一番辛いんだけど、一番好きだ「母さんは……僕を………………愛してないの?」の「……」に含まれる葛藤と、おかあさんと目を合わせていられずに、目をそらしながら絞り出すように呟かれた「愛してないの?」に滲む苦しみに圧倒されてしまった