仕事やる気が起きずクロッキーや落書きをしているが、手で覚えるでも頭で覚えるでもなく紙の上で覚えるみたいなモーメントが発生する気がするな 究極的にはその練習をしているような気もする
俺含め作オタは(たぶん)この確からしさとその個別性をありがたがっていて、最近話を聞いたオーディオオタクの方たちは(たぶん)その音楽ごとの確からしい音を求めている
これは「それらしさ」の「それ」が具体的なものにしか適応できないように見えるけど、抽象的なものを感知できるように手練手管を尽くすことこそ、扱おうとしている抽象的なものの個別性に具体的な輪郭を与えていくプロセスそのものであるような気もする
描き手に回収しないなら、それがそれとしてわかることとその質感(それらしさの個別性)を感じる能力は分かち難く結びつきながらも別なものとして取り扱えることに絵の面白さがある……
描かれたもののそれらしさの追認ではなく、書き手なりの観察や身体によって、描かれたようにして確からしく見せる事ができることに絵の面白さがある