高山京子商店(TAKAYAMA Kyoko)

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詩(第一詩集『Reborn』)。エッセイ。批評。短歌。文学•国語教育。写真や映画。専門は日本近現代文学(単著『林芙美子とその時代』)。博士(社会学)。いろいろ書きます(書けます)。お仕事のご依頼はDMにお願いします。 noteに詩作品や批評、エッセイを。 「高山京子」  https://note.com/takayamakyoko/ 「女性の/と文学を考える」  https://note.com/all_joseibungaku X、Instagramにもアカウントあります。

詩集つくる過程で、自分が短歌だと思って詠んでいたものは厳密には短歌ではなく、三十一音のことばの羅列にすぎないと感じた。もっとはっきり言えば詩だった。たぶん逆もあると思うし、極端な話、生粋の小説家が俳句つくったらそれは俳句ではなく小説なのかもしれない。伊藤比呂美さんは、自分は何を書いても全部詩だと言っていた。

しみじみ思うけど、安定した地位と収入があるからこそ、好きなことが言える任期なし専任の大学の先生っていいなあ。わたしなんかSNS全般もいちいちびくびくしながらやっているよ!吹かなくても飛ぶような存在だからね!

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こんな感じの詩集を出します。何卒よろしくお願い申し上げます。 『怨歌御詠歌 A面/誕生篇』 『怨歌御詠歌 B面/流転篇』 二冊同時刊行。詩篇、短歌、散文から構成されています。どちらも全59ページ、1,500円(税抜)。10月発売開始予定。詳細はまた追って連絡いたします。

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古今東西、写真家のエッセイがよいのは、一瞬に命をかけているからかな、と思う。ときに、文学を読むよりよほどいい。森山大道、奈良原一高、ブレッソン、みんないいけれど、鬼海弘雄のエッセイはとくに好きで、すべて持っています。

今度の詩集は、なぜなのか自分でもよくわからないのですが、粛々と、たんたんと、果たすべきことを果たすというような気持ちで出すので、テンション高めの告知や宣伝はしないつもりです。なんか、世の中的にそういう空気じゃないというか。自粛とかではないんです。謹呈もしない予定です。

わたしは日本語や日本文学が専門だし、それらをとても愛しているが、どうして日本は、未来のための投資つまり研究や教育全般、あと図書館司書やら学芸員の地位向上とか、そういうのに意地でも金をかけないんだよマジで。

高校だと、この和歌の解釈はどうだとか、生徒をチームでどう見ていくか、とかいう話が中心の職員室でずっと働いてきたので、人の噂と野球とサッカーの話ばかりの職場に慣れなくて困っている。これじゃ地方と都市で教育格差が広がるのも当たり前。

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高名な男性詩人の、某大学での講義をもとにした本で、詩作の目覚めとご自身の精通の話をされている箇所があって、これ、女子学生もいるのにどうなんだろうと、非常にいやな気持ちになったんですね。その方の詩も実は苦手で。 でも、わたしもジェンダーの授業では女性の生理の話をしているわけで、まあ、そのときはかなり神経を使ってしゃべるし、とくに男子学生には配慮しているのですが、この半年間ぐらいずっとモヤモヤしていて。でも、きょう、やっとその謎が解けました。素朴な話。 性欲ですね。性欲に直結するかどうか。射精と月経は一緒にしちゃいけない、いう話も授業でせねばと思いました。 それにしても、詩の世界は古い。

結局、いろいろな条件や厳しい現実があるなかで、いかにうまくセルフプロデュースできるかどうかって、批評の力だと思います。だから自分を磨かなけりゃならんな、と日々戒めております。ひたすら修行です。

むかしは、とにかく書いたものが世に出ることに躍起になっていたけど、年もとったし時代も変わって、世の中には作品?が溢れているから、何でもかんでも出せばいいってわけじゃない、むしろ、いちばん効果的にひとの目に触れる場を意識するようになりました。自分の書いたものが生きる場所っていうか、自分の活かし方。なんだかんだ言っても読まれなきゃ意味ないから。

つくづく思うし、いままでもあちこちで言ってきたけど、自分の書いたものが活字になろうが、本を出そうが詩集を出そうが、世界はびくともしない、変わらない、それでもまた、次に向けて書くべきものをたんたんと書いていく、ただそれだけの一生でしてね。無力だとかいうのではなく、いちいち浮かれたり落ち込んだり、きょときょとしてる暇はないというかね。

詩って、具体的なテーマや奇抜なことを書くというより、自分にとっての「ことばの」リアルを忠実に記していくような感じだと思っています。そういう意味で、どんな詩もリアリズムだと言えるかもしれません。そう思ったとき、難解に見える詩も嘘みたいに読めるようになりました。まぎれもなく、その書き手の世界なんですよね。しかも、かぎりなく純粋に近い世界。

えーと、わたくしの詩集なんですけど、だいぶ完成が見えてきまして。以前にも予告したのですが、2冊同時に刊行します。大タイトルは同じで、それぞれA面、B面となっており、装丁は色違いです。詳しいお知らせはまた後日にします。何卒よろしくお願いします。

体調がよくないので、擦り切れる(死語)ほど聴いた原由子のライブBlu-rayをボヤッとしながら流していたら、原坊はどんな歌でも初恋の歌にしてしまう、ということに気づき、すげえ!こんなひといない、と思うなどした。あとはスピッツも初恋って感じがする。何なんだこれは。すべて私見です。原坊に関しては、やっぱり桑田佳祐がいちばんその特質を見抜いているというか、原坊にうたってほしい歌をつくってるよな、と思う。愛だね、ほんとに。

まあわたくしも、学生から、承認欲求のお化けと言われたことがありますけれども。これはうまくコントロールしないと、人生を台無しにしてしまいますわね。根っこにあるのはさみしさだろうから。さみしいという感情は、人間を狂わせます。