プリミティブウォー。 以下、若干のネタバレ在り。 宣伝文句にある「米軍vs恐竜の全面戦争!」的なスタンスとは全く別の方向性で楽しめた作品。 そもそも、ある理由からベトナムに現れた恐竜達はのどかに自分の生活をしていただけで、主にディノニクスやユタラプトル、時々ケツァルコアトルの三種類の餌にならないためにバトルしてる感じ。 Tレックスからはひたすら逃げるしかない。 とは言え、群れをなす恐竜達の生活を観ているだけでも十分に楽しい。 では何が戦争なのか、と言えば、、 やっぱり米ソ間の人類同士の戦争。 (続く)
三時間以上の長編。 超絶美術に彩られた4本の物語から成る。 特に「耳なし芳一の話」が凄い。 琵琶奏者の歌と演奏だけを背景に壇之浦の合戦が描かれているのだが、敗戦を悟った平家の中枢が一人また一人と、赤い海に無音でとぽーんとぽーんと飛び込む描写は地獄絵図そのもの。 完全アナログで異界を描き切った大傑作。
去年見たドキュメンタリー映画。 学生の頃、長崎出身の後輩が「対馬丸のアニメを毎年見させられる事がイヤだった、いい加減にして欲しい」という旨の発言を聞いて衝撃を受けたけど、いつの間にか自分もその立場に立っていた気がする。 同じ時期に公開された映画CASSHERNの中で「お前は戦争がどんな物かを知らない!」とひたすら連呼する描写があって、「んな事は言葉にしなくても分かるよ、いい加減にしろ」と思っていたから。 で、今。 言葉にしても分からない世の中。 そうしてしまった世代の一人としての責任の取り方を模索しながら生きている。
九州に住んでいるからか、古謝氏の選挙PR動画が何かしらの責め苦の様にしつこく流れてくる。 不快な医薬品もどきの宣伝みたい。
因習村を笑う人は、自分が巨大な因習村(地域若しくは国)の構成員になっている事を否定したい。 平和ボケを笑う人は、自分がその平和の基に生かされている事を否定したい。 自分が笑う対象は、自分そのもの。 だから他者を笑えない。
2016年、個人でヒーロー活動していた頃。 親戚の結婚式でライブドローイングを実施。 B2のケント紙に新郎新婦を筆ペンを用いて約7分で描く。 BGMを時間調整にして、何度も練習して本番に挑む。 が、当日はなんと洋装ではなく和装!? ギリギリまで二人を観察して、なんとかかんとか成立させた。
仮に「A」という状態が存在したとして、その「A」を貶すことが己≠「A」である事を保証する訳ではない。 これを忘れずにいられるなら、少なくとも正気は保てると思います。 忘れがちな私への釘として。
確かに初代ゴジラもアメリカで最初に公開された際には、核兵器の被害者という側面を完全に抜き取られていた。 youtu.be/wnzQFUU13Io?...
偽造られた原爆詩人『二重咲き』【奇書解説#25】
YouTube video by 三崎律日/Alt F4
youtu.be
とある90年代の作品を某Vさんのチャンネルにて同時視聴する。 その際、作品のテーマが地球温暖化だったのだが、そのVさんもチャット欄も揃って「地球温暖化は改善されてきてるよね」「むしろミニ氷河期が来る」といった会話に終始していた。 この人達は2023年に「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代に入った」と国連のグテーレス事務総長が言った事を知らないようだ。 作品は「地球に親孝行しよう!」という言葉で締め括られていて、「そうだ!」「良い作品だ!」といった感想に溢れていたが、私の周りだけは確かに氷河期が訪れていた。
アマプラのドラマ「犯罪者」を観終わる。 最後まで重く、静かに進んで闇の中に帰っていく。 続編の二作は読了しているけど、このクオリティでドラマ化して欲しい。