nein

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形状の記録

こういう若者の切実なきらめきを啜って生きている妖怪だからノクチルや学マスが好きという説も、ある。

セカイ系が一般にどう受け止められてきたとか評されてきたとかはわからないけど、最近まどマギの本編と叛逆をざっくり履修して、子どもはそうあるべきだよなと思っているのでその点で好きだった。私は同様の理由で呪術廻戦の懐玉・玉折も好き。なんというか、未成年が愚かであることが好き。

snsで他人の言い方や単語などのミスを指摘、ましてや嘲笑や誹謗中傷をする投稿ってかなり嫌だな。ミスだとわかるってことは真意の想像はついているわけで、じゃあそれでいいじゃん、理解できるんだから、と思う。

『大切な思い出、またひとつ』←イラストすごすぎる 本当に絵画として売ってほしい 額に入れて部屋に飾りたい

仕事面やいつ家庭を持つかといった観点で「皆はこうなのに私は」的な焦りや劣等感を持つ人に対しては、へえ、あなたはその『皆』と自分が前提として同じ生き物だと考えているんですか、とまず思うのだけど、どちらかというと否応なく個別具体になる感じが嫌なのかな?

『仮面/ペルソナ』、最初はこの二人はどうして関係を持たないのでしょうか?と思って見てたんだけど(百合脳だから)そうじゃないんだなとわかってからがかなりよかったな。二人きりの閉じた世界、生活感の薄い共同生活、外界と繋ぐ手紙、冒頭のトラウマ的な映像など、影響を受けているというよりあれをイメージして書いた。

nein@whounowen.bsky.social · 3w ago

舞台やモチーフなどの設定は『仮面/ペルソナ』にかなり影響を受けていて、タイトル通り千夜一夜物語が少し出てきますが、直接の参照は村上春樹の「シェエラザード」、つまり『ドライブ・マイ・カー』です ↑ 上伊那で衒学だって言われてた部分だけやる人?

肉の気分、ってなんとなく夜ご飯のイメージで考えてたけど、昼なら牛丼でも生姜焼き定食でもサムライマックでもありだな。「昼ごはん」の軽いイメージがかなり「肉(の気分)」のハードルを下げている。

今ふと思ったんだけど、毎日昼に野菜スープや春雨スープしか食べていないヘルシー志向の人が「今日は行っちゃうか、”肉”…!」で海鮮丼を食べていたらなるほどそういう日ね……で納得するかもしれないな。軸の前提に主菜がない状況なら肉と魚は類義語だ。

283ステージ、最初のステージも超えられないままスタミナだけが減っていくんだけどこれが何か仕組みを理解していないからなのか引きが悪いだけなのかもわからない……

自分が実際まあそういうところがあるんだけど、全く知らない物語を摂取するのって(それが苦でない人には恐らく信じられないくらいに)しんどさを伴いうることであって、そのハードルが最初から取っ払われている、しかも公開されたのがSNS上=ネットの1P漫画は追える程度の層こそハードル除去の恩恵を受けている、というのは画期的なことなのではないかと思うよ。

ちいかわの映画について、内容はもう公開されているのに人気ですごい、というような感想を見かけたけど、内容が公開されているのはむしろ良い方向に働く可能性もあると思う。「0から新しく物語を2時間見るのはハードルが高いが、馴染み深いキャラクターの大体何が起こるか知っている短い映画なら、久しぶりに映画館に行ってみようかな」という層を取り込めるため。そしてそれは、ちいかわみたいなものを愛好する層とある程度重なる気がする。

正木ケイ氏、にいなさんより長生きしてほしすぎるかもな…… いや正確には高齢になったにいなさんが危ないと聞いて「あの頃は吾輩が倒れるたびに君は呆れていたというのに、にいな君が先に逝ったら誰が吾輩の骨を拾うのかね……」とか言ってるところに「は?いや全然元気だけど。危ないのは昔と同じように料理するのをお客さんが心配してくるだけ」って入ってきたにいなさんが無駄のない動きで正木ケイ氏を小突いてるところが見たいんだよな……これ今二次創作しただけだな……

最近気付いたんだけど、私はシャニマスのアイドルたちのことをPドルの矢印がある限りにおいて全員潜在的な負けヒロインだと思っているな。

世界には事実として恐ろしいことがたくさんあるけれど、それを思い出すのは日常において重視し憤る必要がある問題を過小評価してしまうことにも繋がる。なんならそれを目的に、この脳はそういうことを思い出させているのではないかと思うときもある。大きな自然災害や命に関わる病の話題の後に、ハラスメントのような問題に対して、ひとは十分に怒ったり傷ついたりできるだろうか(私が今そういう問題を抱えているわけではない、念のため)。

人のいろいろな規範的正しさについて(ルールの遵守や倫理的な諸々など)「できるだけ正しくあるべきだ」というのはある程度共有された理想だと考えるが、完全に正しい人が最も魅力的であるわけではなく、むしろそうみえる人を熱心に応援したり、個人的に友愛や恋愛の情を抱いたりするのは、その人を「よい」と評価する母集団のごく一部にすぎないだろうと思う。

金曜の夜なんかに二次創作の一番苦しいところを書いていて、自分で影響を受けて体調が悪くなる馬鹿なやつをやっている。

シャニマスのリアリティラインは未だによくわからないところがあって、実在を主張するなら霧子があの世界観と話し方で生きてこられたという事実は十分に「普通のわたしたち」が彼女の存在を忌避してしまう理由になりうると思う。シャニマスくんは結局、彼女たちがキャラクターに過ぎないことを私たちに忘れるよう要求していない。

シャニマスって“シャニマス”に対して「…‥何言ってんの?」って本気で言うアイドルがいなさすぎるな。

多分もう発見され尽くしてることだとは思うけど、HIFをENDLESS DANCEで勝つの「文脈」としてかなり好きだ。ゲーム上仕方のないライブ映像の位置に意味が発生するから。