日本の共産、れいわ、社民が弱いのは負担を軽視しすぎているからだと思っていて、ちゃんと累進課税強化とか現実的な富裕層増税訴えれば良いのに、筋悪い内部留保課税とかMMTとか言っちゃうのが残念なところ
続)<だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(略)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。(略)批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくする(略)あのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。>
「デマを拡散する政党の支持率が上がっている今こそ読みたい」と紹介されて下記の文章を読んでいる。 「戦争責任者の問題」伊丹万作 www.aozora.gr.jp/cards/000231... <だまされたということは、不正者による被害を意味するが、(略)だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。(略)私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。>
伊丹万作 戦争責任者の問題
aozora.gr.jp
そういう意味で差別する人の「敵」は幻想であり、分類としては幽霊や怪談に近い。 どちらも「怖く」て、「実在しない」。 幽霊や怪談と差別が違うのは、実在する人間を傷つけるかである。 なぜこうした「実在しないもの」を信じる人が後を絶たないのか不思議でならない。そういう意味で差別は宗教学の研究対象でもあるのだろう。
ドイツ史の人間として「ユダヤ人と普段接する地域で差別は少なかった」と書きたい。 情報源はナチスの前史を追う『帰依する世紀末(絶版本)』。 この本ではナチの前史としてユダヤ人差別が政治的に支持された地域と、ユダヤ人の人口割合を比較している。 そしてその結論として「ユダヤ人が多く住む地域ではユダヤ人差別は支持されず、”ユダヤ人が少ない地域ほど支持された”」という興味深い傾向を記録している。 差別は身近に差別対象がいない時しか成立しないのでは、と考えられる。 竹中亨『帰依する世紀末 ドイツ近代の原理主義者群像』 www.minervashobo.co.jp/book/b48627....
帰依する世紀末 - ミネルヴァ書房 ―人文・法経・教育・心理・福祉などを刊行する出版社
ミネルヴァ書房は、人文・社会科学の学術出版社です。人文・法経・教育・心理・福祉の書籍を中心に刊行しています。
minervashobo.co.jp
「日本社会では外国人が必要以上に優遇されている」と思い込んでる人が全体の3分の2って...デマの拡散スピードが速すぎる... まわりに優遇されている外国人がいるのかよく見てください。いたとしても、それが外国人全体なのか少し考えてみてください。選挙権すら持っていない人が本当に優遇されているのか、少し考えてみてください。 「外国人優遇」「こども家庭庁解体」広がる情報を検証すると… | NHK www3.nhk.or.jp/news/html/20...
日本人の寄付やボランティアへの忌避感、たぶん共同体主義(特に地域や血族の共同体の)の強さのせいの気がしてる。 共同体内での助け合いの義務感が強いと、必然性もなく共同体の外の人たちにリソースを割くことが無駄な行為、あるいは共同体に対して敵対的な行為にすら思えてしまうのではないだろうか。 個人のリソースは共同体のリソースの一部でもあるからこそ、勝手に外部に持ち出してはならない、みたいな。
10年ちょっと前までは🇯🇵人は海外で「安い安い」と買い物しまくっていた。逆の立場になって、外国人叩きやら観光客に別料金設定とか言い出している。昔は散々自分たちは海外で遊ばせてもらったのに、同じ経済レベルになろう。がんばろう。と思わないんだ。
「日本軍の方々は沖縄県民を守りに来た」と信じる者には、チビチビガマとシムクガマの話をすると好い 日本兵が無辜の島民を惑わし、死に導いた事実から目を逸らすな www2.nhk.or.jp/archives/mov...
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