オーク・ストリートの異変、恐竜よりアレが一番インパクトあるじゃん。アレが怖かった。あんなん今まで古生代の図鑑とかで見たことなかったけど、本当にいたんですかね?
オーク・ストリートの異変、TLを眺めると結構スティーヴン・キングを感じる人がいるけど、本作に近いキング作品は「レギュレイターズ」かも。 住宅街が丸々異世界に転移し、TVのガンマンやアニメキャラクターに住民が虐殺されていくホラー。 他に街が一つ閉じ込められる「アンダー・ザ・ドーム」がある。 他に似たジャンルの恐怖小説はマックス・ブルックスの「モンスター・パニック」とか。 カリフォルニアの山にある自己完結型の集落が、地震で閉じ込められ、山から逃れてきたビッグフットに襲われる話。 プロットはゲームの「ディノクライシス2」とかも思い出したな。 あの手のホラー好きには楽しいと思います
住宅街を襲う恐竜の恐怖を描く「オークストリートの異変」観た。 タイトルはトワイライト・ゾーンの「メイプルストリートの怪物」のオマージュかも。近年の学説を反映して恐竜に毛が生えている。 監督の捻くれた持ち味であるユーモアが発揮され、王道・古典のようでそうでない、奇妙な味。 演者で言えば、事実上主人公であるタフな母親を演じるアン・ハサウェイが良かった。 もしかしてLBGTQ要素があったかもしれないが、あまり明確ではないな。
カメントツ先生新作、夢の内容のドギツさもさる事ながら、憎まれ役(犠牲者でもある)のキャラクターがSNS特有のコンプラを完全に逸脱していて、かなりチャレンジブルだった。こういうタイプの主張をする人間を悪く描くの、結構勇気が必要だと思います かねしろのチャレンジお漫画「夢を操れる薬飲んでみた笑」 | オモコロ omocoro.jp/kiji/585021/
かねしろのチャレンジお漫画「夢を操れる薬飲んでみた笑」 | オモコロ
漫画家の『かねしろ』が初の体験エッセイ漫画にチャレンジ!
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「ちいかわは(作者が設定を作り込んでいるわけではないから)考察は無意味」という言説を見たけども、隠された設定を当てることだけが考察じゃなくて、描写に埋め込まれた特徴を言葉にするのも考察だから、ちいかわは大いに考察しがいのある作品だと思う。
トランスジェンダーのヒーローといえば近年ではエスカペイドが有名なのだが、彼女は本当に良いキャラクターで、MARVEL'S VOICE 97号があまりにも名作で唸ってしまった
まあ……少なくともMARVEL初のトランスジェンダーはミュータントではあった エンパスかつ身体変化の能力者
mutant comic
この話本当に好きだったなぁ。まだ悪役だった頃のマグニートーと、まだカミングアウトしてなかった頃のアイスマンの交流。本当に記憶に残った
Show me a comic page you love.
「TVの中に入りたい」、普通ああいうタイプのホラーやサイコスリラーって幻想と現実の境の曖昧さが最高潮になるところで、ズバーンとすごい画で終わるのが普通なんだけど、この作品は違うんだよな。そこがまたすごかったな。ああいうラストカットはなかなか出来ない
テレビの中に入りたい、劇中劇の元ネタ(と思しき)バフィーも興味湧いたので観る。実は頭からきちんと観た事が無かったので、ちょうどいい
Twitterのアカウント、東海オンエアの虫眼鏡という人にフォローされてるんだけど、ぼくは東海オンエアについて呟いた事ほぼ無いんですよね。不思議だ……
ディズニーのTVアニメ「ガーゴイルズ」、銃の密売組織のエピソードがショッキング。 西部劇映画を観たガーゴイルが、真似してエリサの銃で遊び、誤って撃ってしまう。(配信版は流血描写が不自然にカットされているが) 刑事の家族(ネイティブアメリカンとアフリカ系アメリカ人の両親!)や医師の処置の台詞などもリアルで、銃はオモチャではなく、また保管には注意を要する……というアメリカの子供番組ならではの教訓話だった。
デカいネタバレではないので言ってしまうが、スパイダーマンの悪役にアルビノの黒人でマフィアの「トゥームストーン」というキャラがいるんだけど、 映画の新作にトゥームストーンが登場した際、てっきりメイクだと思っていたら、実際に白皮症のアフリカ系俳優が演じていると知って驚いたんだよな。時代の流れだが、いい事だと思う。作者のコンウェイも書いてた頃はそんな時代が来ると思わなかったろうな
オズの魔法使いの二作目、実は主人公の少年の正体が行方不明のオズマ姫で、魔法で男の子にされていた……と明かされるんだけど、「テレビの中に入りたい」って実際こういう話だと思うんだよね
「テレビの中に入りたい」、一見、現実に適応出来ない社会不適合者が、安っぽいドラマと現実の区別が付かなくなる……というありがちなスリラーに見えるが、物語のテーマを考えると、実際には「マディが言っている事が真実である」という解釈が出来る。というか、それが正しいんだろうな。 道に書かれた落書き、「まだ時間はある」と。時間をいくらかけてでも、彼が本当の姿になる日を、空っぽの胸に心臓を収める日を、マディは向こう側で待っているのだろうと思う
「テレビの中に入りたい」、女優霊とかもそうなんだけど、ぼくはノスタルジアに結び付いたホラーに本当弱い。 ある本によれば、子供が悪夢を見る頻度は大人の5倍多いらしい。 子供の頃に怖かった作品を大人になってから観ると、陳腐で違う番組みたい……という普遍的な感覚、その表現が本当に見事だった。
「テレビの中に入りたい」が描いているのはそんな悲劇である。自分自身を開示できない閉塞感。普通とされる規範(シスヘテロ規範)に迎合/同一化できない場合に人は着ぐるみにようにそれを纏うか狂うか。そこを出ていくか選択をしなければならない。その選択をできない踏み出せない人間の苦痛。 その呼吸できないような閉塞、それが「テレビの中に入りたい」という映画だった。これは私の映画だ。
「テレビの中に入りたい」におけるTV番組「ピンク・オペーク」はオーウェンとマディにとって観ていて楽しいものというよりリアルを感じるもの、そしてそれこそが「自分の瘡蓋」だったのだと思う。あそこにある世界の人間が「私」だった。虚構の中で代わりに苦しみ迫害される人物に自己投影する自傷。大人に「子供向けのTV」とされて他の人間は観ていない番組。でもそれが歪な形ではあるが自分に寄り添ってくれているような感覚。それが自アイデンティティあるいはジェンダーまたはセクシュアリティへの目覚めになることは実際にある。問題はそれが社会や自分の周縁で許容されない、告白できないこと。
「テレビの中に入りたい」。わたしにとって本当につらくて素晴らしい映画でした...。もうこれはは2020年代の「ジェイコブズ・ラダー」と言って差し支えないと思う。田舎の郊外。テレビ番組「ピンク・オニーク」をレズビアンの彼女と観る時だけ「私」は「ここ」から自由になれた。融解していくテレビと現実。本当の「私(ジェンダー)」とは。そして何が本物なのか。「ここにいたら死んでしまう。」では、今のわたしは生きているのか。死んでいるのか。
ツインピークスが日本でも有名だけど、アメリカのドラマは「衝撃の結末で話題呼べばワンチャン続くかも」に賭けて、クリフハンガーのまま打ち切られる「テレビの中に入りたい」みたいなドラマがマジであるから困る
「テレビの中に入りたい」観た。 夢中になったTVドラマがクリフハンガーの結末のまま打ち切られた少年。 TVへのノスタルジアと、今いる自分が自分ではないと感じ、自分の居場所が無い世界から逃れようとする魂の叫びを描く。 明暗が美しい映像に彩られた、本物の傑作だった。 人生ベストオブホラーの一つかも
ブラックパンサー、ワンダーウーマン、キャプテンマーベルは興収面のガラスの天井を打ち破りましたね。
マーベル映画でも「エターナルズ」とか「マーベルズ」とか女性やマイノリティ主導の映画が興収伸びなかったりすると「ほらダメじゃん」とか言われるんだけど、そもそもヒーロー映画に限らず、女性やマイノリティのキャストをメインに据えて大ヒットさせたハリウッドのエンタメ大作とか、いうほど沢山あるわけでもない。てか今も(白人男性に比べれば)格段に少ない。 だからこそ「ブラックパンサー」(2018)があれほど驚きと喜びをもって受け入れられたし、近年の「罪人たち」の大ヒットに繋がったりもした。 チャレンジだから結果は伴わないこともあるが、それでもやっぱ重要であり、チャレンジしなかった場合との差は如実に現れると思う
コミックのブランド・ニュー・デイは「ピーターが」MJの事を忘れてるのでだいぶ話の方向性違うんだよな。新しい彼女作るのはピーターで、MJがそっと見守っている
スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ、だいたいこの辺が元ネタかなぁというやつ 参照元に比べてボディ・ホラー要素は非常に薄かった