なまえれんらく

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宮西先生には、学校のゼミでペン画の描き方を教わったんだ。卒業して自分も漫画の仕事するようになったから結果的にも漫画の先生だけど、自分にとってはなんか学校にいる面白い先生だったな。オシャレが尖りすぎてるおじいちゃん先生で、でも生徒にはひたすら優しくて好きだった

ブルスカにいる心優しい人達の語る「真の弱者は助けたい姿をしていない」の中にどの弱者が含まれてどの弱者が排除されるのか、が一番恐ろしい、と一日中考えてたら大地震があって小さな思考は全てうやむやになった

生活保護特区を出よ。 to-ti.in/product/mant... 「真の弱者は助けたい姿をしていない」という命題に今もっとも真摯に取り組んでいる作品のひとつである『生活保護特区を出よ。』をみんな読んでくれ〜〜〜 綺麗事じゃないよ、ってことを冷笑するでもなく 困難や葛藤を引き受けながら描き続けてる作家さんはたくさんいるので、 そういう人の作品がもっとちゃんと広まってほしい。

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聖職者が裏であんなことを!とか弱者支援団体が実は悪徳だった!みたいな物語がみんな大好きだから、そういう創作見るとまた悪印象ばっかり!ってゲンナリするけど、でも自分が物語として描くならやっぱり負の部分を主題にするだろうなっていう諦めもある。怪しい宗教の美談をエンタメとして伝えるにはそれこそ信仰的な説得力が必要じゃない?とも思うし

救われていた彼らの物語も確かにあったけど、ぶっちゃけコミュニティの中で完結してるから外に出ないってこともあるのか?と思った。「苦しみから救われた物語」として仲間内で共有されることがすでに一つの達成だから、わざわざ他者へ向けたエンタメにするには別のモチベーションが必要というか

新宗教、昔いた自分の印象としては、仕事場でめちゃくちゃ虐められてる発達障害の人や家庭に居場所がないような人が宗教内で優しい仲間に囲まれて、こんなに人間らしく居られる!って光景が当たり前のように沢山あったから、あぶれた人の受け皿を提供できるだけでも大いに意味があったと思う。もちろんそこから搾取とも繋がる場所だから運営側の良心が問われることだし、末端の信者にとっては信仰とかいう漠然とした何か?もよく分からないものだろうけど、少なくとも末端の人々の優しさは外部の人と変わらない普遍的で素直なものだったと感じてる

秋野コゴミさんの本(閾の国)が家に届いて、そして読んだ! 天国みたいな話だった。自分もここに行きたい。 慈悲は悲しみを知ることだ。悲しみがあったことだけは忘れたくない。生きた悲しみを忘れるくらいなら天国になんか行かなくていい、行きたくない。そんな気持ちになる本だった

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おそらく通じるだろうと同業だった漫画家さんにメールでこういう言い回しをしたらGmailくんの校閲が入った。うるせい!!作家にとっての新作はぜんぶ遺作だろがい!

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ブルスカにいるとリベラルで賢い知見に正しい側に回ったような気になったり、むつかしい本を読んで叡智をゲットしたみたいな気になったり、それも良いけどお題目唱えてる暇があったら皿を洗ったほうがよっぽど徳が高いだろって気持ちもずっとあるんだ

宗教のいいところの一つは、論理や知識で世界が回ってると勘違いしそうな日常からすこし目を覚まさせてくれるところもある。現実はもっと曖昧で、一人だけで分かった気になれるようなものでは絶対ないし

昔あんまり仲良くない同業他社の新宗教の人と話す機会とかあったけど、ヒリつきも勿論あるものの謎の同族意識もあって、なんかこの界隈特有の、自分より他人に重心を傾けられる人の感じは分かるから、あっちの人も変わらないんだなっていう安心感があった