Keiichiro Shikano

@golden-lucky.net

Lambda Note Ltd. https://twitter.com/golden_lucky 「本とかを読む」フィードを作りました https://bsky.app/profile/did:plc:lzkfak6yj3oejircw76wcj3z/feed/aaajb3wpagd26

夏になると、なんで昔は青唐辛子を炒めて食べるというシンプルな解法を思いつかなかったんだろうなって思いながら青唐辛子を炒めて塩ふって食べている

大きくなったらウルトラクイズに出る(そして優勝する)と謎の確信を持ってた昭和50年生まれだけど、いまウルトラクイズに出たいかというと、むしろ出たくないんだよな…。まずアメリカに行きたくないし、テレビにもかかわりたくない

むかし住んでいた家の近くにあるとんかつ屋さん、開店当時から折に触れて楽しませてもらっていて、子どもが生まれてからも何度かいって、引っ越したいまも世界でいちばんうまいと思ってんるだけど、今日久しぶりに訪れて、いつも頼んでたヒレかつとメンチの定食をいただいたら、まったく変わらない味で、しかもまだ覚えていてくださって、店内もまったく変わらず綺麗だし、もう30年くらい、ずっとカツを揚げる一筋でやってこられたんだよなと思うと、たまらない尊さを感じる。

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人類のみんな、文章の解釈方法のレパートリーはもうチョット増やした方がいいと思うよ。 例えば(自分がいつも実践しているように)「文を否定で解釈する」※とか。 ※自分の思考前提として「Aでない」があるときに「Aである」という文を解釈する場合、そのまま字句通りに「Aである」と解釈すると致命的な矛盾が生じるので、代わりに、その文を「『Aである』という偽言明を披露している」(つまり端的には「Aでない」)と解釈することで矛盾を回避する。

進藤さんと懇意にしていただいているラムダノート社さんに献本いただいたこの本、何で今までこの観点を見逃してたんだろっていう気付きを与えてくれてすごい。インターネット技術関連をやってる人には超絶おすすめ本だ。 www.lambdanote.com/products/net...

ネットワークシステムについて語るときに我々の語ること

Larry Peterson・Bruce Davie 共著、進藤資訓 訳 256ページ A5判 ISBN:978-4-908686-25-2 インターネット成熟の過程を知る2人の著者が綴る珠玉のエッセイ集 ネットワークとシステムに対する解像度が上がる

lambdanote.com

昔はお酒をのんだ翌日もわりとふつうにごはんを食べて仕事ができたけど、やはりもう厳しい。眼球が流れる。お酒を飲むのは昼にしよう

20年以上お世話になってきた歯科に続いて、15年くらいお世話になってきた耳鼻科も閉院することになり、途方に暮れている。他院を紹介はしてくれることになっているのだが、ダイレクトにQoLに響くのだよな

火曜日に勉強会で投影していたスライドが,思ってたよりPVあった。 よく知られたトピックが中心で退屈かなと心配していたけれど,想定していたオーディエンスに届いたようでよかったです。 speakerdeck.com/mocobeta/202...

【2026年版】 ベクトル検索とEmbedding最前線

Encraft #25 生成AI時代の検索設計 https://knowledgework.connpass.com/event/393625/ の登壇資料です。

speakerdeck.com

久しぶりに町屋に行ったのでベイクドモチョモチョを買ったのだが、帰ってくるまでにつぶれて、いかにもベイクドモチョモチョという見た目になってしまった

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Larry Peterson、Bruce Davie の著書の翻訳「ネットワークシステムについて語るときに我々が語ること」が本日販売開始となりました! 長らく翻訳に取り組んできましたが、ようやくこの日を迎えられて何よりです。面白い本ですので皆さん読んでみてくださーい。 blog.shin.do/2026/06/what...

「ネットワークシステムについて語るときに我々の語ること」発売のお知らせ – 進藤資訓の独り言/Motonori Shindo's Monologue

What We Talk About When We Talk About Systems: Essays on the Systems Approach の翻訳を行いました。

blog.shin.do

喫茶店でコーヒーを注文したら「コーヒー、ミルク、おつけしますか」と聞かれ、つい砂糖とミルクの用不要を問われているときの返答「どちらも不要です」をしてしまったのだけど、コーヒーくるかな

最近、あまり好きではない新書をすこし意識的に読む試みをしてるんだけど、内容はどれも悪くないが、一部を除いてけっこう読みにくい。さすがにあからさまな誤字や表記ゆれはないんだが、こういうとなんだけど原稿を読んでる感じがする。ほとんど編集されてないんだか、下手な編集をされてるんだか、よくわからないけど。

ちゃんと自分でも共有しておこう。文章コンテンツを売るという商売をしている一人としてLLMの存在をどう見ているかを書きました。人間の読み手のための編集という付加価値の提供だけで生計を立てていくのは、読み手の割合にLLMが増える一方なので、早晩無理になるんじゃないか、という話です(人間の読み手のための編集という仕事の価値がLLMでなくなるかどうかといった話ではないことに注意) golden-lucky.hatenablog.com/entry/2026/0...

AI時代のコンピューター技術書 - golden-luckyの日記

LLMが得意なのは文章の生成よりも読解 LLMという読み手には編集がいらない 人間が読み手であることをやめるまでは 商売は厳しく LLMのおかげで滑らかな自然言語をコンピューターで気軽に使えるようになった。ウェブを中心に、生成AIで出力された(とおぼしき)文章を見かける機会も増えた。これからもっと増えるだろう。特にコンピューター技術の解説という分野では、生成AIの出力がそのままコンテンツとして公開...

golden-lucky.hatenablog.com