日の出の時間に毎朝散歩しているんだが、数日前、交差点の向こうの消失点からちょうど太陽が昇ってきて、とても美しかった。全国的な知名度を誇る(たぶん)宮地嶽神社の光の道とおなじ理屈だな。海外ではマンハッタンヘンジとも云うらしい。来年のGoogleカレンダーにしるしをつけておいた。一年後にはまたおなじ美しい風景が見られるはずだ。(公転の原理から云うと一年にもう一回見られるはずだが、計算するのがめんどい)。
図書館前の分離帯で、ベニカナメモチが赤い新芽をつけていた。わたしはおなじ道を30年通っている。いままでこの鮮やかな色が目に入らなかったはずはないのだけれど……見えなかったんだろう。メルロ・ポンティ的な可視界・不可視界の境界が日々ゆらいでいて、還暦間近にしてちょっとしたアリス・リデル気分である。
桜の木が緑一色に染まったとたんに、モクレンが咲き出した。春の花のバトンタッチは見事だねぇ。いままで桜しか注目してなくて損したなぁ。
さすが3月。二日前にはなにもなかった場所に花が咲いてた。AIで調べたらこれはユキヤナギという花で、むかしから「ユキヤナギが咲けば桜まであと二週間」と云われているそうだ。そんな春の斥候みたいな花があるなんて知らなかった。思うに歳時記的な自然のサイクルがあたまの中にインストールされている人は、わたしなんかよりよっぽど豊かな生活を送っているんだろうな。
毎日いろんな人に会う。いろんな話を聞く。べつに明確な守秘義務があるわけでもないんだが、話してくれた人の気持ちを思うとなにも書けない。ここでの発言は少なくなっていくと思います。
適当に音楽を流していたら「たとえばきみの顔にむかしよりシワが増えても、それでもいいんだ」という歌詞が流れ出して、反射的に「あぁ?(↑)」と声が出てしまった。
あらためて昨日の血液検査の結果を精査してみたが、とんでもねぇな、これ。中性脂肪が301から102に落ちてる。血管の中を流れているのが「食べ残しのラーメンのドロドロの汁」から「真水」に変わったくらいの変化だ。HDLコレステロールも9ポイント跳ね上がって、ついに「L」が消えた。それなのにLDLコレステロールの値は減っている。「小麦は人類の敵」というわたしの信念が数字で綺麗に反映された感じ。いちばんうれしいのがBASO(好塩基球)の低下(1.2 → 0.7)。鈴木祐『最高の体調』を読んでから一年くらいか。ようやく体内でボヤを起こしていた炎症が消えた。そういえばいつの間にか倦怠感が無くなっている。
北九州市にあるNPOの人と、だらだらと電子メールによる文通をつづけている。お互いの用事はもう5往復前くらいにすべて終わっているのだが、気がついたら返信がきているのでそれに返信を送って……というかんじ。SNSだったら5往復前にどっちかがどっちかに「いいね」をつけてそこで会話は途切れていただろう。電子メールだと「返信を送る」か「送らない」の二択しかない。たまにはこういうのもいいな、と思う。
そのテーマを正面から受け取って、自らを救う機会を得た若年層は星の数ほどいるでしょう。べつに好きなマンガじゃありませんが、その一点だけでもワンピースは偉大なマンガだと思っています。
心療内科行ってきた。電気代節約のために最近部屋にカーテンをつけたら、それ以来すごく熟睡できるようになったんですよ、と云ったら主治医に鼻で笑われた。だって窓を開けたって手が届く場所に隣の建物の壁があるだけだし、カーテンつける意味ないと思ったし……と云ったら、外光を遮断して完全な暗闇の中にいると、メラトニンの底が抜けて爆発的に分泌されるようになるらしい。ケーブ(洞窟)本能というそうだ。それでもサイレースは減らしちゃダメらしい。
申し訳ありませんお客様、このホテルでは他のお客様の過去について訊ねることはタブーになっております。 ワインをご所望ですか? あいにくとイーロンがXを買収した2022年からスピリットは切らしております。 ご希望ならいつでもチェックアウトできますよ。 ただし出口はありません。
いまわたしのTLでよく見る人たち、その語りぶりを見るにブルスカでSNSデビューした感じが全くしない。 ので、おそらくXアカウントをお持ちかお持ちだったのだろう。 みんな、過去がある。わたしの知らない過去、TLに接続していない過去。違う名前や、違うアイコンだったかもしれない。もはや前世だ。
赤ペン先生かってくらいめちゃくちゃに褒めてもらえるので、糖尿病検診に行くのはすき。ヘモグロビンA1Cアンダー5の夢は今回も果たせなかったけれど、食後2時間血糖値が79で、やっぱりめちゃくちゃ褒められた。5年前に入院したときは300超えてたからなー。
かつて「信号機の数よりラーメン屋のほうが多い」と云われた福岡市で、いま目立つのは医者とスポーツジムばかりだ。なんかイヤ。まぁこれも高齢化社会の行き着く先なんでしょうけどね。
この歳になると気恥ずかしさもあって自分の誕生日は黙ってるんだけど、還暦になったあかつきにはネットのみんなに盛大に祝ってもらうつもりです。
落ち込んでたんでひさしぶりにVTuberの切り抜き動画見てた。楽しかったし、和んだんだけど、メタ認知がムダに発達したおかげで「どうしてこの娘たちは男のコンプレックスをひとつも刺激せずに会話ができるんだろう?」と脳内で考察がはじまってしまい、そっ閉じ。
ただケアの現場で出会った女性たち(べつに選んでるわけでもないのに男性には一人も行きあったことがない)に共通しているのは、生活と関係性にすごく重きを置いた生き方をしている方々だということだ。ギリガンやウォーカーの唱えたケアの倫理を、(おそらくは)無意識に体現しているような人たち。もちろんそれはすべての女性が所与する感覚ではないだろう。彼女たちの正反対を生きているような人もきっといっぱいいる。むしろわたしが過去に出会った女友達にはそっちのタイプの方が多かったかもしれない。「なぜかわたしには女の友達ができない」と嘆く感じの子たち。
センターからの紹介で、ボランティアを30年つづけているという大ベテランの方からお話を伺うことができた。これから行動する上で貴重な情報をいくつも提供していただいたのだが……うーん、なんていうんだろう、テレビゲームで海に潜るときに、操作方法が上手くわからなくて、深海に潜れず、ずっと浅瀬をパチャパチャやってる感じってあるじゃないですか。あんな感じだった。先方はずっとこころをオープンにしてくれていたのに、そこに刺さる語彙を自分が上手く示せなかった。プロのインタビュアーだったらもっと上手くお話を聞けたのかなぁ、とか、いや技術の問題ではなくわたしの誠実さが足りなかったのでは、とか、いろいろ考えて落ち込んだ
個人情報保護のためにぼやかして書くが、地元のとある地域の中学校が数年前までたいへんに荒れていて、校舎の窓が割られることが日常だった……と聞いて尾崎豊直撃世代(豊が死んだときは回ってる洗濯機の前で膝を抱えて泣いた)のわたしはひっくり返るほど驚いた。尾崎豊を冷笑していた世代が自分のあとを追って旧世代になっていってる、というのはなんとも云えん複雑な気分だ。ただ、それも数年前までの話で、いまその中学校では鬱病が大流行しているのだそうだ。眼の前にいる、孫くらい歳の離れた若い子が自分と同じデパスを飲んでいる、というのは実際リアルで出会ってみると、どうしようもなく痛ましい気持ちしかわかなかった。
桜の咲く時期と、あと梅雨(最悪。毎年寝込まなかったことがない)を乗り越えたら、さすがに障害者手帳の返納を本格的に検討するかな。たらればだけどね。回復期にみえて双極性障害の躁がきてるだけの可能性もある。どっちにしろ、判断をくだすのはわたしではなく主治医だ。
日々、温かくなってきて戦々恐々としている。季節の変わり目ごとにぶっ倒れて、桜を数年まともに見たことが無いけれど、今年は見られるかしら。
BMI 25.7。半袖の季節になるころには肥満脱出できるかな。そのころには脂肪率も25%切ってそう。ここまで戻すのに一年かかった。寝たきりの代償はかくも大きい。