文豪の中島敦は作品の中で、巨視的になって虚無に陥る感情を都度強く戒めるんだけど、自分には逆の感情もあった 例えば長い長い歴史の中では自分の人生は一瞬だとか、環境破壊で人間が滅んでもその程度で微生物や昆虫たちが死に絶えるとも思えない そう思うとなんだか癒される気持ちもる
焼成したセラミックを打ち捨てるのは環境破壊である、というのはもう周知の事実だと思うけど、縄文土器が新たに発見されるのはワクワクする 逆にプラスチックがその辺に捨てられるのには強い忌避感がある でも、はるか未来で宇宙人も地球にやってきて、分解されてないプラスチックを掘り出して興奮しきりだったりするのかな そういう事を想像する