かめいた

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このアカウントはいつも「ある時期以降の山口貴由作品は覚悟のススメを大団円で終わらせてしまったことへの贖罪を駆動力としており、ハッピーエンドが担保されているようなものはヒーロー精神として不純という信念が現在の(ともすれば投げ出し癖と揶揄されがちな)作風を形作っている」という話をしているのだけど、もしかしたら同時期(97年)のジョジョの「覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開く事」は覚悟のススメへのアンサーメッセージだったのではないかという説をいま思いついた

(ハチワレちゃんが喋ってるみたいでめちゃくちゃかわいいな…)と思って、十数年前の小学生がネットに書き込んだのだろう、誤字脱字だらけで意味不明なポケモンの怖い噂を投稿する「ポケモンの怖い都市伝説bot」をむかしフォローしていた

ちいかわの「本当は怖い考察」はぜんぶハチワレちゃんが喋ってると思ったらかわいくていいよ 「実はッ…プラムみたいな実だと思ったら…『ムベの実』だったのですッ…!!ムベの実はッ…死ななくなってッ…!!」 「ヒャア〜」 「ハァ!?!?」

悪のインターネットにちいかわの雑考察(という名目の自分好みの妄想)が無限に流れてくるのにキレてる。ナガノが「なんかプラム的な実」って書いてるのは「実際のプラムと違ってもごめんね」って意味であって全然プラムに似てない何の果物だとか妄想する余地があるわけじゃねーよ!

ヨワラーのことを考えていて、「例えば…屈強な登山家たちが凍傷に苦しみ身動き取れず、赤子のように看護を受けるしかない様子に、ハチャメチャに興奮する難儀な嗜好のために危険な高地で山小屋を経営している女主人がいたとして…そいつが登山中の事故を仕組んでたら『フランケンふらん』、山小屋に隠されたスーパーハイテクで事故を即座にキャッチして救助に行ってたら『名探偵マーニー』だな…」と思う どちらにせよ木々津克久

最近のアニメのシュルレアリスム参照は『キャンディーカリエス』9話、「歯の妖精たちが抜けた歯と交換してくれるコインは、歯が芸術的なほど増える」というルールを知ったカリエスが、アメの抜けた歯を偶然にもダリの有名な溶けた時計そっくりに作り上げるシーンが素晴らしかった ダリの引用自体はわかりやすさ重視に過ぎないが、カリエスが彫刻する間は「アクリルだから平面的に見えるだけで、作中の認識としては立体」だった歯が、カリエスの癇癪ですっ飛んでぶつかりダリ風にとろけるカットでは平面的で厚みのないものになる飛躍が途切れなく描かれている 本作の二次元的でも三次元的でもある特徴が超現実的に機能していたシーンだった

アニメで不自然な異世界に迷い込んでしまった感じを演出するときの手法について考えていて、「デ・キリコの作風が参照されがちじゃないか?」とふと思う 『とんがり帽子のアトリエ』でココたちが迷い込むドラゴンの住まう迷宮、あれのアーチだらけの白い壁は極めてデ・キリコ的だ

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『ハイグレ魔王』でしんのすけとみさえが駄菓子屋に迷い込むシーン、ガラス越しの激しい光(=屋内の暗さ)を透過光で演出するのが印象的だったが、『うる星やつら2ビューティフルドリーマー』のサクラ先生にも似たような演出がなかったっけ…と記憶を手繰り寄せているうち、「『ハイグレ魔王』の、チョコのおまけで金色に光るアクション仮面レアカードをしんのすけ少年が当てるところから始まる物語、『夢のチョコレート工場』やんけ!!」というまったく関係ないことに思い至る

さらわれた両親を助けるために弱気を振り払ったしんのすけが、トッペマとの待ち合わせの約束を破ってヘンダーランドに再突入するシーンのイメージだろうか(あれも夕焼けがすばらしいシーンでした) 『ヘンダーランド』はとにかく、お客が帰った無人の遊園地の、どこかに引き込まれてしまいそうな異界感、うすら気味悪さが魅力的で(『ハイグレ魔王』もその点すばらしい)、その遊園地で助けを待つトッペマの、しんのすけを叱咤するしっかり者の性格にどこか儚さも帯びている、その感じを思い出させる絵です

人間は好きなタイミングで映画クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険のトッペマ・マペットさんの絵を描いていいい

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「大好きなマジンガーZが最終回で戦闘獣にボロボロにやられるシーンになぜか興奮した」とか「馬乗りにされて宇宙人に殴られるウルトラセブンが性の目覚め」とか、ヒーローもの界隈はそういう変な人がいっぱいいるので

『傷口と包帯』は今まさに、「たくましい男性が普段見せない弱々しさで苦しんでいるところを見守りたい、介抱したい(あと視姦したい)」主人公と「たくましい男性を苦しめて屈服させたい」悪役との戦いを描いているところで、「結局ぜんぶサディズムでしょう」という指摘は当然あり得るものとして作品に取り入れ、その上でその微妙な違いを描こうと苦闘しています 「弱っているところがセクシー」という感性自体が受け入れがたい、のような観点からは、この苦闘は加害性のごまかしにもそりゃあ見えるだろうとは思いますが、加害性を伴う奇妙な性嗜好を、捨てるのではなくどう折り合いをつけていくか、という戦いは、私は共感してしまいますね

じゃあリョナでいいじゃないか、って感じですね。言い換える必要すらない。なんなら「猟奇趣味」という正しい日本語を使えばいい。「架空の他人が弱ってるのを見て興奮する」という自己を隠蔽して、こういう展開はヨワラーとか吐かして外部化した上でキャッチーなフレーズにして使いやすくしてるのが邪悪でしょう。客はバカなんだから気持ちよく振り回しますよ。

『もちづきさん』は「病気の人が、自分を病気だと認めたがらず不摂生を繰り返して病気を悪化させていく、その様を見て仕方のない奴だと笑う」悪趣味さ(そこには同病合い憐れむ優しさもないではない)をやりながら、悪趣味を公言しては大衆性を獲得できないと「これは摂食障害の話です」とは決して明言しないところがいやらしいですね 摂食障害・ベイティングだ

『もちづきさん』より『迷走戦士永田カビ グルメでGO!』のほうがずっと面白く優れているし、過食をシャレにならないものとも描いていると思うが、永田カビ作品を楽しむことのほうが「自分の傷をえぐって見せびらかすような永田カビの自傷的エッセイに、高い作品性を認め愛読するのは、結果的に、自傷でしか承認を得られないかのような自傷癖者の認識を強化し、自傷行為を手伝っているのでは?」という、過食描写のカジュアルさとはまったく別次元で、より悪質な倫理的問題を抱えているとも思う でも面白いんだ

『ウィンドブレイカー』のことだと思うけど、ヒーロー特撮愛好家としては、「これで高校生自警団が全身タイツを着て戦ってたら、『ヤンキーものが時代に合わせようと奇妙な無理をしてる』じゃなくて『普通にヒーローもの』になるのに、その差はどこにあるのかな…」と思いもする

最近不良漫画を不良のまま出すのはマズいってんで喧嘩自慢の不良たちが自警団を結成する作品があったのですが、なんの解決にも成ってない上に悪化すらしててビックリした事がある。

「学生スポーツ漫画はただの強豪校の先輩を絶対の強者みたいにカッコよく偉大に描くけど、プロはもっとすごいに決まってんじゃん」みたいなツッコミは本来ヤボだけど、「二次創作」という題材は常にもっとすごいプロの存在をチラチラ見え隠れさせてしまうよ 難しいね

「こいつら同人活動にのめり込みすぎて視野狭窄に陥ってるでしょ。界隈のただの雰囲気を絶対のものみたいに内面化しすぎだよ」みたいな観点が作中に持ち込まれたら個人的にはめちゃくちゃ面白いが、それこそ同人女へのヘイト創作みたいに…なりかねない!っていうか絶対なる!!

『同人女の感情』は「なぜこの作品の登場人物たちは、原作者ではなく二次創作者を神だと崇拝するのか?」がさっぱりわからない漫画だが、それはこの漫画がアマチュア発なのが原因というか、もともとは同人界隈の読者層に「極端な描きぶりだけど、このカリカチュアを通して描きたい同人人間界隈のドロドロ感はわかるよ。あるある」と狭く通じればよかったものが、ちょっとヒットしすぎて広く読まれすぎているのが現状なのだろう…と勝手に思っている

「もうほとんど出てこないのに、原作第一話はちょっと氷室を引っ張りすぎじゃないか…?これであとからタイムスリップしてくるわけでもないんだもんな…」感がアニメでは補正されてた(氷室の出番大幅削減)のと、風呂場で攫われかけるシーンの髪の毛のうねりが「90年代のキメのシーンでうねる髪の毛!」感をちゃんと出せてたのはよかったと思う どっちも全然大事なところではないのだが…

(あのクオリティのアニメを原作のストーリーで推薦するのはちょっと違う気がするが、アニメ1話で見んのやめちゃったから私からはなんとも言えんな…)とモシモジしていたところだ

天は赤い河のほとりアニメは予算が無さすぎるのか絵もアレだし、声とかのディレクションもなんか変だし、マジで動きが無くて動画なのに漫画よりも動いてない意味不明アニメになっているので原作を読めば大丈夫ですよ!!!!!!(原作過激派の言うことなので真に受けなくてもいいです)

『多聞くん今どっち!?』をちまちま読んでいる 「推し活のため家事代行のバイトに励む女子高生の主人公が長期の家事を頼まれた先は、神のように崇拝するその推し、俺様系男性アイドルの自宅だった。俺様系を装う彼が私生活では病的に気弱な性格であることを知ってしまった主人公は、彼のメンタルケアも仕事のうちと言い訳しながら私的な交友を育み、彼からの親密なアプローチに戸惑う中で、推しへの感情と恋愛感情の境に葛藤していく…」みたいな話を50話も読んでると、アイドルの恋愛禁止文化を割と否定的に思ってるつもりの私も、「えー加減抜け駆けの自覚持てや」という意地悪な気持ちがちょっと鎌首をもたげてくる