原爆資料館というのはトラウマを植え付けに行く場所だよ。 問題があるとしたら、「トラウマしか植え付けられないような未成熟な低学年の子供を連れて行くこと」であり、平和というものを考えられる年頃の子たちを連れて行ってなお、そこで「トラウマを植え付けただけで平和の大切さを説けない」ような教員に引率させることであって、展示品は凄惨であるべきだ。凄惨さを学びに行くんだから。 私は大人になってから長崎の資料館に行きましたけど、その日の夜に熱出しましたよ。そういう場所でなければいけないでしょ。
親が漫画好きな人あるあるだと思うんだけど、浅野いにおとか押見修造とか阿部共実みたいな中高生の時に読んだら確実に何かしら影響を受けるであろう漫画を何もわかってない小3くらいで読んでしまって何も理解できずに終わる
阿部共実先生の「空が灰色だから手をつなごう」久しぶりに読んだら本当に具合が悪くなって、涙が出てきた……… 「ちーちゃんはちょっと足りない」も久しぶりに読み返したら具合が悪くなって、中盤で感動して、最後まためちゃくちゃ具合が悪くなった
本編と関係なさすぎるんだけど モモンガの イーヤーヤダヤダ、子どもがNOを言う練習(性教育とかそういう)の架け橋になりそうでいいなと思った
プリンセスが元カノのために冒険、ベルリン国際映画祭で受賞したアニメが10月公開(画像12枚) https://natalie.mu/eiga/news/683692?utm_source=bluesky&utm_medium=social #レズビアン・スペース・プリンセス
「虎に翼」コミカライズ版の短期連載、本日発売の雑誌なかよしでスタート https://natalie.mu/eiga/news/683568?utm_source=bluesky&utm_medium=social #虎に翼
「世界を選ぶか、ただ一人を選ぶか」みたいな よくある物語の型があると思うんだけど、ビーパピって「世界を選ぶ」ってコマンドがもともとないような作風だな!自分が抱えられる範囲だけが楽しくて幸せならそれで良いみたいな、世界の影がちらつくけど気づかなかったり見ないふりしたり逃げたりして身近な小さい幸せだけを大切にしてるみたいな……世界っていうものがキャラクターたちにとってすごくちっぽけな存在なんだろうなって印象を受ける
この手の話題本当にいつも怒りが…ふつふつと…湧いてきて…思想と言葉が過激になっていく………生きる意味なんて何もない……!!何もないから自由なんだろうが……!!!
腹が立ってきた 他者に対して 生きてる意味があるのか、と問いかける人を見ると本当に まずお前の人生に何も意味がないから大丈夫です、という気持ちになる ワナワナする……過激思想…
あなたの人生に一つも意味がないみたいに全てに意味なんてないから 自分で自分のことについて悩むだけならともかく、他者にまでそういう不安感を押し付けるのはかなり大きなお世話だ
うまく伝わるかわからないけど、よくある「自分の人生ってなんなんだろう…」系の漠然とした不安や悩みみたいな感情を他者にまで向けていることが多いな、って思う。障害者差別の話題は特に
福祉や介護 の利用者や現場って「物語化」みたいなのがされてしまいやすいのかな、と思う。いわゆる感動ポルノ的な表現もあればみい山みたいにすごく露悪的な表現もあって、本当はただそこで普通に生きて普通に働いている人がいるだけなのに、社会的な問題や差別を解消しようという視点がないまま物語として消費されやすいっていうか…それがいつもすごく嫌で悲しい
地震の被害状況を見ていると無力感でメンタルが削られるかと思いますので、余裕があれば寄付などして、そして情報を追うのをやめて寝るというのも選択肢の一つです とりあえずみかけたものふたつ 令和8年熊本地震緊急支援(AAR Japan) aarjapan.gr.jp/emergency/ku... 緊急支援|令和8年熊本地震被害へのご支援を(ピースウィンズ・ジャパン) donation.yahoo.co.jp/detail/925104
リエゾン原作の竹村先生…😭 >与えてしまう影響に「向き合う」姿勢は持つべきだという自戒も込めた思いです たとえ最終的に描くものに変わりはなくても、自分の表現が誰かを傷つけてしまうこともあると受け止めた上で、それでも描くということが、責任に「向き合う」ことだと信じています。 何度でも心に刻みたい言葉だ… x.com/takey3813939...
竹村優作(リエゾン等、漫画原作) (@takeY3813939277) on X
ただ与えてしまう影響に「向き合う」姿勢は持つべきだという自戒も込めた思いです たとえ最終的に描くものに変わりはなくても、自分の表現が誰かを傷つけてしまうこともあると受け止めた上で、それでも描くということが、
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真の弱者は助けたい姿をしていないって本来支援すべき対象だって同じ意志ある人間なんだから全員が全員こっちに都合いい動きをしてくれると思うなよという支援側への戒めだと思ってたんだけど、最近支援すべき弱者を悪魔化するようなすごい嫌な使われ方され始めてるなと思うので見かける時若干警戒する単語になってしまった
頭を使わない作業(ネームではなく原稿中とか)って頭の中でずっとネガティブな考えが止まらなくて騒がしいのが本当に疲れる…ストラテラ飲んでるけど効果がわからない、胸焼けするだけ…
今の漫画は別にそんなじゃないけど、漫画を描くメリットの一つに 自分の嫌だった経験をキャラクターに代行してもらって気持ちを解消してもらう みたいなのがあるかもしれない
小学館のデカい図鑑を買ったんだけど複数のイラストレーターさんが描いた挿絵が載っていて、子どもの頃こういうのが嬉しかったことを思い出した この絵のタッチ好きだなとかこの絵の感じ真似してみたいなとか、挿絵の絵柄で文章の内容を想像したりするのが楽しかった、いろんな絵があるから自分の好みもわかって面白かった 生成AIがこういう感情をこれから奪いまくる気がして心配になるけど どうなるんだろうな…
自分自身の経験や、物語や歌や詩から、どうやらこれって本当のことなんだな、と思うことがあるんだけど、恋愛は自分で経験して実感するところまで行けない(と今は思っている)のが悔しすぎる やってみたい
情報なりアートなりあらゆる分野の地盤を生成AIがどんどん削っていって、最終的に土台がなくなりその分野が消滅してしまうというのを砂場の棒倒しに見立てて描きました。