naoco watanabe #nowar

@watanabenao.bsky.social

エディター、ライター、生活者。Tokyo,Japan

仏壇に向かって、沖縄戦で殺された祖父(母方は銃殺・父方は餓死)へ向けて「沖縄戦はしょうがないって平気で言う極右とニコニコで手を組む人が沖縄県知事になったよ、沖縄の長い戦後はもう終わったね。これからは戦前になりそうだよ」って報告したくねえなあ…

近くに、野鳥に人気の木がある。個人宅の庭木ではなく、なんというか、野良の木。それが仕事場の窓から見えるところに立っている。 この時間になると野鳥が集まってくる。シジュウカラにオナガ、ヒガラにエナガ、メジロ。緑の茂みから声がきこえて、時々飛び出してきては、また入っていく。その様子を観察するのが楽しみ。いい木だなあと思っている。 どうしてその木だけ人気なのかというと、もちろん虫がたくさんついているから。

もう10年以上経つけれど、小学生たちが「ここ、大泥棒と魔女が住んでるんだぜ」と言いながら、草ぼうぼうの我が家をのぞきこんでいたことを、今も誇りに思っています。

世の中が不景気になり政治もおかしくなって、どんどん閉塞していき、収入だってふるえるほど減っているし不安も山積みなのに、わたしという個人の関心のなかでいえば、作りたいもの、読みたいものがあふれていて、日々追われている。誰にも頼まれていないのに、なんか忙しい。自分の手を動かして作りたいものもあるし、あの人この人と一緒に作っていきたいものもあるし、あの人に作ってもらいたいと思っているものもある。 見たことのない世界がたくさんあって、それを見てみたいという気持ちが強い。そしてその気持ちが、ともかく今日を生きるぞ、明日も生きたい、という気持ちにもつながっている。

国連で世界地図を現行のメルカトル図法から等面積図法のものに切り替えることについて投票が行われる。ご存知のようにメルカトル図法は緯度が高いほど面積が誇張されるので、例えばアフリカ大陸とグリーンランドが同じ大きさに見えたりとかなりひどい。これは単に歪曲がひどいねアハハって話ではなく心理的にアフリカおよび内包する途上国を矮小化する働きがある、ってのはかねてから指摘されている。それを是正するという意味でも賛成かな。 推奨されるのは最近設計された、見た目の違和感を軽減しながら等面積を達成しているイコールアース図法というやつ www.theguardian.com/world/2026/s...

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湯船につかる日本の習慣も、疲れがとれるので好きだけど、インドネシアのマンディは、たらいに汲んだ水を浴びてさっぱりする文化。いまはシャワーが多いけど…少しの水で、とても気持ちいい。

高市政権を支持する好戦的な者も、反戦を唱えながら生成AIで遊ぶ者も、中立気取りで国防を語る者も、AIドローン戦争の一ユニットとして戦場に送られ、手足を失います。そんな時代を拒絶しましょう。

「AIに手も足も奪われる」は、生成AIやフィジカルAIの学習材料として身体性を搾取されるという意味だけでなく、テックカルトが推進するAIドローン戦争で手足を吹き飛ばされる意味も含まれます。

📕だいじなお知らせ📕 1830年代、フランスのパリで昆虫学者のゲランによって編纂された、博物と自然事象事典から、独特な世界観のイラストレーションを豊富に紹介する、”ゲランのフランス博物画集”を出版いたします。 描かれている動植物などの名称をフランス語・日本語で併記し、解説を書いております。 掲載のゲランによる事典の図は全て、デジタルアーカイブを使わず、当時の図版を入手し、スキャニングを行っています。 2026年10月7日より販売予定です。 取り扱い書店、ネット通販については、版元様の大福書林のサイトを確認お願いします。サンプルページも掲載しております。

大福書林より、ゲランのフランス博物画集 は、10月7日発売予定です。

「赤根所長はもう少し愛想があればねw」の何がいけないかと言うと、 女性(と認識されている)で社会的に認められた人に「愛想」というケア労働に必要な要素の欠落を指摘することで「お前は所詮、社会的な成功より女性性を求められる限定的な属性に過ぎない」と貶めることは世界各国、何十年も何百年もやられている定番の差別、 特にその個人に太刀打ちできないようなヒューマンが「自分がジャッジできる側になれる」とマウントを取るためにやりがち(取れてない)、 かつ最後の「w」でそれをジョーダンのようにして自分は悪くないのムードを醸し出しているのも飽きるほど見たやつで、 逆にブルスカでは久々に見たくらいである

所属することに慣れすぎちゃって、「人として」という意識が遠くなっちゃってるのかな。私たち。管理されるほうが楽になっちゃって、人間だということを忘れているのかな。

よく、あの人がもっと長生きすれば、今も生きていたら、と、言われるけれど、どんなに影響力のある人も、人間ひとりの人生でできることには限界がある。それより、その人の残した言葉や知恵を、生きている人たちが分かち合い、咀嚼してそのあとを生きていくことのほうが大事な気がする。100年でも200年でも育っていく気がする。 マルコムXだって、銃弾に倒れ、胸に描いた世界を見ることができなかったし、今もその世界からは遠いけれど、彼が言葉にしたから、それを聞いた人たちがそれぞれの自分ごととしてその言葉を胸に置き、育てていった。ある人は書物に記録し、ある人は語り広め、見聞きした人はそれぞれに咀嚼していった。

マルコムXの「公民権は人権の問題としてとらえるべきだ」という考えは、今のさまざまな問題の突破にもつながる大切な視点だ、と霧が晴れる気がした。 「公民権を獲得しよう」という段階にとどまっていると、白人にお願いして権利をわけてもらう上下構造から抜け出せないし、アメリカ国内の問題になるので誰も口出しできなくなる。 そうではなく、「人権問題」としてとらえれば、他の国も声をあげられる、国連加盟諸国に提起できる。 人権は誰もが生まれ持っているものだ、それを侵害するものを世界法廷で明るみに出そう、と。 ガザのこと、日本のこと、ICCのこと、自分の暮らし、さまざまなことを、人権という視点で見てみる。

鳥笛のはなし、すっごく面白かった。お話も面白かったし、集まったお客さまたちがさすがの濃さ。いろんな角度から対話が広がっていった。 ブラジルの鳥笛の数の多さよ。アマゾンにどれだけたくさんの鳥がいるかという証だな。 風を使ったおもちゃと笛のバリエーションは、インドネシアがずば抜けて面白かった。 あと、にわとりが地面の穀物を交互にたべるロシアのおもちゃは、コツコツという音の硬さが大地の音そのもので、景色が見えるようだった。

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