ボーア戦争や日露戦争が起こる直前の独仏歩兵操典を比べると、想定される戦術環境も、散兵線主体の戦術に切り替えたとき、小隊以下の小部隊や兵士個々人の統制をどうするのか?という技術的課題はほぼ一緒と言って良いのに、両者で全く違う回答をしてるのは面白いなあっておもった。 (まあ、日露の日本は独式に切り替えて良かったねえ感)
プロイセンの部隊なのにヘッセンの名前がついているのは、普墺戦争で併合したヘッセン・カッセルの輜重部隊を組み入れた大隊であるためです。1899年には編入年の1866年に変えて、元のヘッセンカッセルの部隊の創設日、1854年に遡って大隊創設年とする事に改められています。
note.com/gribeauval19... 「近代歩兵の心理」についてよく書かれている、コランの主著、『戦争の変容』の一部を訳してみました。 これだけ読んでも、当時の前提知識がなければ何を書いてるかわからないところがあるので、できる限りの注釈と付図をつけました。
【部分訳】ジャン・コラン著『戦争の変容』~近代歩兵は戦闘の恐怖にどう対処するべきか?~|灰美谷グリボ
19世紀後半における歩兵戦術の変化は、しばしば社会の「近代化」と結びつけて説明される。 国民国家が成立し、徴兵制と義務教育が普及したことで、兵士は国家への帰属意識と一定の知識を身につけた。こうして、将校の目の届く戦列に縛りつけられなくとも、各自が命令の意図を理解し、散開したまま戦える新しい歩兵が誕生した――という説明である。 散兵戦術の成立を考えるうえで、教育や軍隊組織の変化が無関係だったとは...
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個人的に好きな馬推しイラストレーターはJOB(ジャック・オンフロワ・ド・ブレヴィル) 未熟なりにも馬の描き方等影響を受けています。 画像は全てパブリックドメイン。
大変面白かった 哨戒が任務となった時代の騎兵にとって哨戒の効果を高めたり相手の哨戒の効果を減じるために騎兵による白兵戦闘が必要になったというのは説得力高い 「騎兵優勢」が得られなかったことって騎兵が兵科として廃止されていったことにも影響してるんだろうか?
#C108 夏コミ新刊 近世欧州軍事史備忘録巻10 『ナポレオン戦争の背景(下)』 立ち読みページを作成しましたので、どんな内容かお手にとってご覧下さい。 8/16 日曜日 東ネ59b 頒布予定。 その後boothなどでネット頒布予定です。 docs.google.com/presentation...
私家版近世欧州軍事史備忘録 巻10 ナポレオン戦争の背景(下)
C108にて 頒布予定
docs.google.com
note.com/gribeauval19... 「騎兵は会戦で敵歩兵を正面から破れなくなり、偵察や哨戒が任務の中心となった。その結果として下馬戦闘に中心になった」 というイメージに反し 「むしろ19世紀末に偵察や哨戒が任務の中心になったからこそ、乗馬白兵用の装備や槍騎兵や胸甲騎兵が維持された」 という話を書いてみました 楽しんでいただければ幸いです
なぜ機関銃の時代まで騎兵は剣と槍を捨てなかったのか|灰美谷グリボ
要旨 19世紀末から第一次世界大戦直前の騎兵は、機関銃と小銃の発達を理解できず、時代遅れの刀や槍に固執していたと説明されることが多い。しかし、この見方は騎兵を会戦場で歩兵正面へ襲撃する兵種としてのみ捉えているため、その主要な役割を見落としている。 実際の騎兵は、会戦に先立って軍の前方を捜索し、敵軍の位置を調べる一方、自軍の位置を探る敵騎兵を追い払う任務を担っていた。そのため各国は、少数の斥候だ...
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Twitterで呟いたナポレオンのロシア遠征で使われた牛車については、この論文がお勧めです。ロシア遠征における輜重隊のお話がコンパクトに纏まっていて面白いです。 www.persee.fr/doc/rharm_00...
Le Train des équipages militaires en Russie : Une épreuve et un espoir - Persée
persee.fr