ヤヤヤ(再)

@nullandway.bsky.social

メカ物と純愛カプと下ネタの愛好家 某ダイナミックっぽいロボが得意です。 渋↓ https://www.pixiv.net/users/125148350

私は美しい男が破滅するフィクションが見たいですが…(『性的であるとはどのようなことか』における「崇高のえっちさ」と「崩れのえっちさ」のハイブリッドを求めている)

私も原爆資料館の子ども向け展示は疑問だなー。「怖くて見たくないから見ない」なんて選択肢を「体験したくもないこと体験させられ抹殺された人たち」の前に並べるのって不誠実すぎんか。よりによって爆心地に。

ほんとだよね。もし日当37万も貰えるって思ってるなら実際自分らもやりゃいいじゃん。人の行動を腐して自分の首を絞めてる政府におべっか使ってないでさ。まあ日当なんか出ないけどな。

女性向け方面から見たら正直「単語ができた方だけマシ」なんですよね…… ヨワラー それこそ「悪い趣味である」というコンセンサスないまま「ごく普通の萌えシチュエーション」である顔をしてきた時代のほうが全然長い 下でボトムと書いてるのはこのシチュエーションが男女でも男男のフィクションでも本当に多用されていたからです

路木ろきお@rrrokio.bsky.social · yesterday

ヨワラー、ヨワラーという単語が出る前から「風邪ひいたボトムはセクシーなので襲ってしまう」という話は本当に巷に溢れていた ヨワラー、提唱者が「萌えるにあたって気をつけること」をやってるだけ、その既存作たちと態度よりマシに思えている……

家庭科の授業で母性が呼び覚まされてしまう子。 こんな様子を見たら同級生の男子生徒が惚れてしまう……かと思いましたが、中学生ぐらいだとまだそういうのにはドキッとしないでしょうね。

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「日本に残ったのはAIが出すじゃびじゃびした 汚い美少女イラストと頭で考えられない人類でした」にならないといいけどね。

そしてアニメ制作現場からは忌み嫌われていたと言うけど、そもそもの事業目線が全く噛み合ってないのだから当たり前だったと思う。極端に言えば「いい作品ができるなら売れなくてもいい」とすら思ってる人たちと、「たくさん売れることで事業を成功させる」では大きな隔たりがある。 実際にはどんなに良質な作品でも、お客さんに見られなければ失敗であり、見られるようにする魅力が欠けているとも言える。それすなわちコンセプトが悪い。オモチャがすごくても作品が面白くなければやっぱり売れない。それは両輪関係であるわけで、それだけオモチャと絡めた映像作品ていうのは高度なんですよ。

自慢や、もしくは何かに対する文句でしか会話の糸口がない・コミュニケーションを取れないように育ってしまった人間というのは哀れなものですよ……

前にも書いたけどSNSでのバズりのコツとして「ぼく知ってる!ねえぼくこれ知ってるよ!!」という要素があると思っている。(映え文化も考察文化も結局根本にはコレがあると思う) 幼児の「ねえぼくこれ知ってる!!」自慢っていうのはお金などの文化的・後天的なものからくる欲求ではなく根源的なものだから何歳になっても気持ち良いのかもしんない。

権限が強いからアニメも変な横槍要られずに初期はごたついたものの今は原作通りだし、映画もそのおかげで繁盛してるんだろうな。全部自分でやるスタイル

ナガノ先生は昔版権で揉めて以降自分のキャラクターは自分の設立した会社で厳しく管理してるらしく、グッズも何もかも全部そこの会社で販売するので年商50億あるらしくてクソ笑った。強すぎるだろ

リョナで盛り上がってる人たちの中に入れるほどにはグロや猟奇のコアに親しめないけど、同じ話ができる友達が欲しい、という話なので名付けが必要だったんだと思いますよ あの物語の本質は「そういう小手先の話を使っても、どこに行っても浮く、自分で管理してたヨワラーコミュニティも家のことがすぐバレて捨てざるを得ない」なので

今友人たちと話してて出たんだけど、「創作者なのに想像力がないって致命的では」って言われてそりゃそう...だけど、その想像力がないやつっておるんよな...ってなっとる。

私にとって「現実を直視する能力」とは「自分と関係ないと認識する能力」と表裏一体なんですが、子供に対する平和教育において「これはあなたに起きている危機ではないので、パンツを持ち歩いて家に帰れなくなる可能性に備える必要はないです」と教えてくれたか?という鬱屈があります。シリア難民のニュース見た中学の時に、自分もいつ家を追われるかわからないと思って本当にそうしていました。