オフトンおいしい…オフトンおいしい…
@ofutonchu.bsky.social
おふとん賛成 戦争反対 ※リポスト基本非表示用アカウント 大雑把 怠け者 不真面目 生活費を労働で稼がなければいけない社会断固反対 左派やマイノリティの過剰な、いわゆる言葉狩りにも反対しております。疲れますし当事者としても違うな…と思うため、他者への強制の兆候が見えるとブロックしたりします。 マジョリティも健常者も幸せな社会を目指しております。なので一部の方々のやり方に強い嫌悪感があります。
野球の決勝?でビールかけのために工場長が来て選手や監督に自社ビールぶっかけるの我ながら面白すぎるのでみたい
せめて作者が壊して無駄にして欲しい(?) ビール工場の人が野球の優勝の時構えてて、ブシャー!だったらまあええかてなる(あとおもろい)
子供の頃から顔面ケーキで笑えなくて一人で静かになっていた…😭あと漫才で本当にいたそうな叩き方がある時…いたそう…てなってしもてな…☺️
被災地でBGM付きのPVを撮影してきた首相のことなのだけど、ずっと昔に読んだ社会心理学の本に書かれていた、テレビやラジオのコマーシャルでは情報を正確に理解してもらいたいとき(正確に理解してもらえば魅力が伝わる商品のとき)はBGMはつけずに商品そのものの映像・音声やナレーションを中心に構成する、なぜなら注意を逸らしてしまうとせっかくの重要な情報や魅力が伝わらないから。BGMで盛り上げるのは正確に理解されない方がいい商品を雰囲気で売りつけたいとき、という趣旨の記述を思い出す。
人間が作ったものを壊して無駄にするのがすごく嫌で、 野球のビールかけから顔面ケーキ、(顔面ケーキ何一つ笑えん…材料を食べられないやつにして欲しい)地震で家が崩れるとかも火事も浸水も戦争も全部やだ💢ぐお〜
夕凪の街桜の国(こうの史代さんの漫画)の 10年たったけど原爆を落とした人は「やった!また一人殺せた」 と思うてくれとる? というのが忘れられない
もう言う人たちも順番に亡くなっていなくなっちゃってるけど、私の小さいころ、九州では大人たちは夏の追悼式典がテレビで放送されるたびに、長崎の代わりに小倉だったかもしれなかった、小倉だったらだれだれがきっと死んでいたとか、あの日小倉は曇りだったから、予定を変更して(航続距離が妥当で第二目標だった)長崎に行ったんだ、長崎には気の毒なことだったよ、とか、遊んでいたら長崎のきのこ雲が見えて、あれはなんだろうと言っていた、など話していた。そういう日だった。
「現実的かつ実践的な取り組みのために、まず一旦核兵器を持つことにします!!」とか言い出しかねないとは正直思ってる 許さねえよ
本屋で若い男の多分裸?ぽい肩までの写真とかだけでしんどくなる なんか…媚びなくていられそうな存在(男)が媚びてるのを目をかっぴらいてみることができない 顔を背けてしまう
😚 🈲 おれのはだかのしゃしんは❓ ☺️毎日おふろでみてます 😚だよね ☺️ 🈲 わたしのは 😚💦キャーッ❗️❗️❗️ ☺️
大片付け3日目。 厨房の業務用冷凍冷蔵庫(4マス)の中身を全部出して捨てるもん捨ててる再履して一旦蓄冷材入りのスチロールに仕分けして、中全部アルコールでふいて、スチロール箱ごとおさめる。検査が来る時全部出して奥の部屋に持っていく。 この家の中にはたくさんの食材があるはずなのに、使いたいものがあちこちに散って埋まっているのでお昼の選択肢が限られる。 インスタントラーメンが入っている棚の前にも乾物やスパイス類のケースが積み上がり、パスタはそのケースのいちばん下。 うう
ものすごく悲惨な毎日が続いていると、戦争体験を聞いたくらいで「そのくらいいいかもしれない、この苦痛よりも」とかちらっと思う余地が出てくるのが人間なので、そんなの絶対嫌だとすぐに思えるくらいの幸せが必要なので貧困に反対します。
いちご新聞8月号|いちごの王さまからのメッセージ ―『みんななかよく』の世界を作る― そのために作ったのが「サンリオ」です。 www.sanrio.co.jp/news/goods/s... 2026年7月10日 「王さまにとって、8月は戦争の記憶と直結しています。 王さまが毎年8月号のいちご新聞に自分の戦争体験を書くようになったのは2019年以降です。それまでは、あの恐ろしい記憶を人に話すことはほとんどありませんでした。常に心の奥にありましたが、つらすぎて話すことが出来なかったのです」 (いちごの王さまこと辻信太郎さんのメッセージがたくさん読まれますように)
いちご新聞8月号|いちごの王さまからのメッセージ|サンリオ
―『みんななかよく』の世界を作る― そのために作ったのが「サンリオ」です。
sanrio.co.jp
逆に「第五福竜丸を知っててゴジラは反核映画だ」という特撮ファンもそれはそれでモヤモヤするというか、自衛隊の歴史は既に大日本帝国軍の存在期間を超えてるのに大日本帝国軍の方が伝統存在みたいにあつかう連中を見るような方向で見る。
一方で展示を分けてしまうと「人間はどんなことでもやる」という現実を大人も見ずに終わってしまう可能性もある。 戦争に行った人はわかるだろうけど、行ってない世代にその現実を突きつけてほしい、逃げ場なく現実をぶつけることでそれを防ぐのは意志ある行動だけだと理解してほしい、そう思う自分もいる。
小学2年生の時に図書室で行われた平和教育でやけどで顔が潰れたスライド写真をスクリーンの大画面で見てから図書室に友だちについてきてもらわないと入れなくなった。その後中1のときに戦争で死にそうになる悪夢を見て叫びながら滝汗で起きる日々が1ヶ月続いた。夢のせいで教室で男子が口笛を吹いたら頭を抱えてしゃがみ込むくらいだった。航空機の音も甲子園のサイレンの音も恐怖の対象だった。トラウマのせい?あるいは先祖のせい? なので原爆資料館の衝撃を受けそうな展示を分けるというのは自分の中で賛否両論がある。やけどの写真や死体の絵の展示を見るのはよくよく説明をし覚悟してもらった上で小学校5年生くらいからかなと思う。