森川成美

@saffibarinkay.bsky.social

作家 Author『マレスケの虹』小峰書店で日本児童文芸家協会賞、「アサギをよぶ声」シリーズ偕成社、『はなの街オペラ』くもん出版 、『ユリの便箋』静山社、『アントネストの羊』文研出版 ブルースカイ興隆を願ってポストしてます。お目汚しご容赦。 (基本、タイムラインではなく、リストとフィードで拝見しておりますので、言及に気づかないことも、フォローバックさせていただかないこともございます。ご容赦ください) 公式HP https://saffibarinkay.wixsite.com/shigemimorikawa

もう言う人たちも順番に亡くなっていなくなっちゃってるけど、私の小さいころ、九州では大人たちは夏の追悼式典がテレビで放送されるたびに、長崎の代わりに小倉だったかもしれなかった、小倉だったらだれだれがきっと死んでいたとか、あの日小倉は曇りだったから、予定を変更して(航続距離が妥当で第二目標だった)長崎に行ったんだ、長崎には気の毒なことだったよ、とか、遊んでいたら長崎のきのこ雲が見えて、あれはなんだろうと言っていた、など話していた。そういう日だった。

九州なのでね。小学四年生のときだったか、バスで長崎に行って、グラバー邸などなど見つつ、原爆記念館にも行った。一応事前学習で調べて行ったけど、その予想を裏切って、ものすごくびっくりした。当時はどこかに行ったら絶対感想の作文を書くことになっていたので、もちろん旅程ぜんぶを詳しく書いたけれど(そういう書き方になっちゃうよね、小学生)、原爆記念館のところだけは「あまりにショックだったので、何も書けない」と一行だけ書いた。別に叱られなかった。そういう経験もしても見たほうがいいと思う。

今年の予定目標以外の仕事が来たけれど、どうしようかと考えて(税金の関係で)引き受けた。これを熊本城の修復へ回す。稼げる人が稼げる時に稼いでまわす、それでいい。

承前。さっきの着物の例でいえば、AIは、着物を買い集め、売るというところを担当している。自らは何ら製造してないのでね。そこまちがってる人多い。

AIの人類にもたらす損失の一番わかりやすいのは、例えば着物。箪笥のこやしだった良い着物を、遺産整理などで買って、市場に出回っていて、安い良い着物が手に入っているうちはいいけれど、新しい製品は出ない。そうなるとその良い着物がなくなってしまえばそれまで。新しい製品を作る技術もすたれる。人間のあらゆる文化で、これが起きると言うこと。

おばあさん救護報道で思い出すのが、ダニエル・イノウエさんの伝記。この方は、いわゆる日系部隊でヨーロッパ戦線を戦って、片腕を失って、陸軍病院でリハビリを受けて、除隊になって家に帰る途中、理髪店に入ったとき、ジャップの髪は刈ってやらないとか言われたんだっけね。じゃあ、だれが、ナチスを追い払ったと思ってるんだ、ってことだよね。日系部隊は、あのころちゃんと報道されて、勲章ももらってたのに、世話になってないと思いたい人がいたってことだよね。

そっか、宇土のお餅の写真で思い出したけど。昔、天草五橋がなかったころ、本渡の伯母の家に行くには、三角港から船だった。途中の宇土駅で、ホームに売りに来る宇土饅頭というのをいつも買ってもらってて、それが一口饅頭でおいしかったけど、なんか蒸したての上用饅頭だった記憶が。が、お餅じゃなかったと思う。じゃあ、あれはなんだった?

また交換日記がはやるかも(笑)。あれはルールがあって、まわしてる人の間じゃなきゃ、見せちゃいけなかった。2人の時も、もっと大勢のときもあった。ときどき、持ったままずっと回さない人がいて、どうなった? だれのとこにある? とか聞いたりしていた。まあ人数多いと途中で沙汰やみになることが多かったよね。

長期の仕事が一つ終了。こうやって一つずつ、人は手放していかなきゃならない。ン年前、末っ子が就職して独身寮に入るため家を出ていったときの写真、大事に持ってる。門を出てえへっと照れ笑いで振り返ったっけ。いい子だ。そのあと結婚もしたし、子もできたけど、振り返ったあのときこそが、私の区切り。でもこういうものの積み重ねをくりかえし、人はだんだんあそこへと向かうのだよ。

日奈久は古い温泉。昔、うちの祖父がマラリアになって除隊して、戻ってきたとき、ここに陸軍病院があって療養していたのを、母が親戚に連れられて見舞いに行ったと言っていた。海岸沿いの温泉町。で、ちくわで有名。この駅、とか古い公衆浴場とかも、だいじょうぶだといいけど。

日奈久温泉駅

さあ、在庫があるかどうかわからないけど。八代あたりの支援したければ、一番身近なのは「日奈久のちくわ」けっこういろんなところにある、空港とか。ちくわ見たらひっくり返して日奈久って書いてあったら買ってね。

認証コードが絵文字のやつ、初めて来た。数字ならすぐ覚えるけど、結局二度見したりして、あ、これは花束かい、とか認識に時間かかる。老眼もあるけど。昔、子ども用の視力検査に絵のやつあって、馬か牛か、猫か犬か、細かいところが見えないとわからなくて視力がすごく悪く判定されたことがあったのを思い出した。もちろん視力がよければすぐわかるけど、ちょっと微妙なところが見えないとね。

富裕な外国人ならOK貧乏外国人はNGという人は、安い居酒屋が高くなってもいいと思ってるのかな。この値段でこのお味、というびっくりなお店の店員さんはほぼほぼ外国人。そうですよ、これで日本人を雇ってはこの値段は無理。それを払おうと言う太っ腹な人なんですかね。そこ聞きたいよ。

RP そうそう。中学生のときの夏休みの宿題に、音楽の感想文というのがあった(笑)。ちな、指導要領にとらわれずそういう変なことを宿題にしていい学校で育ったので、私はいきなり大学の講師って言う仕事を振られても、とまどうことなくやってこられたと思ってる(教生もやってないのにどう指導したらいいかわかる)。でも、音楽の感想なんて、そりゃ今考えても無理ゲーだよね。音楽には様式ってもんがあって、バッハの感想とか言われたって、宗教ぬきにはわかんない。バッハばっかりで育った人がモーツアルト聞いて、今までにない革新的で目くるめく思いとかいうなら、まだわかるけど、私ら、どれも聞ける立場だしね。オペラはわかりやすい。

そいや、うちら、みんな作文依存症だよね(笑)。書くなと言われても書いてるだろう。それでお金をもらえれば御の字なんだけど、そこ、悪用しないでほしいし、いつか評判になってもほしい。でももらえなくても評判にならなくても書く(笑)。

ある方に会合でお会いして、ごあいさつしたら、ほら浅草のオペラのことを書かれた方ですよね、一度お会いしたかった、あの本はよかった、と言ってくださって、お世辞だろうけどすごくうれしかった。本の内容と作者をリンクして覚えているというのは相当のことだから。

1ドル360円で生きてきた私が通りますよ(笑)。トワイニングの紅茶をおつかいものにもらったときはうれしかった。親戚が外国に行くとおみやげは、ウイスキーだった。父はそれを飲んだあと、国産ウイスキーを空瓶に入れ、いい匂いがつくといってありがたそうに飲んでいた。あの時代よ、もう一度(笑)。

間違えた…正確にはロクムではなく「ターキッシュ・ディライト(ロクムの英語名)」として出てくるんでした。「ナルニア国物語」から引用されるんだよね。そして黄精飴ではなく「胡桃ゆべし」だったかも。盛岡の喜び「モーリオ・ディライト」として。 手元に本がないからってちゃんと確かめないで書くからこういう間違いをする…すみません。 (でも黄精飴も「盛岡の喜び」だよ!)

ニョス@nyosuko.bsky.social · 2w ago

盛岡近郊を舞台としたホームスパンの物語「雲を紡ぐ」では、作中で長澤屋の黄精飴のことを「岩手のロクム」って表現してたと思う(正確な言い回しはうろ覚え)んだけど、黄精飴を久しぶりに食べたくなった。私的に盛岡銘菓の不動のNo.1。