コレナンダー

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不良中年。 キース・ヘリング「IGNORANCE=FEAR,SILENCE=DEATH (偏見は恐怖 沈黙は死)」

戦時中の資料とか読むと、いい年した大人が公文書で自分たちを軍記物の武将に見立てたような物言いを平気でしているので、なかなかゾッとする。馬に乗って刀を振り回す気分で戦艦やら飛行機を飛ばしてんだからたまったものではない。

なにもかも違うので、新解釈ですらなくて、本当に「原案」なんですよ。別にリボンの騎士じゃなくていいよな……平成仮面ライダーシリーズを見ているときの「仮面ライダーでなくていいよな」と同じくらいに「リボンの騎士でなくていいよな」で……。

ネットフリックス、マーク・グリーニーの「グレイマン」を映画化するとき、ライアン・ゴズリングやクリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマスが出演、ルッソ兄弟が監督していて、あんな出来損ないのコマンドー映画にしてしまったり、「レッド・ノーティス」なんかもつまらんし。

やっぱちゃんと「面白くなかった、アニメーションはよく動くが、良い作品と思わない」って批判するべきなんじゃないか?!

ウテナやスタァライトが存在する現在において、リボンヒーローを制作した意味について考えちゃって本当によくない!!

客にウケないものをやってもしょうがないだろうから、元の形を文書で保存+音源として上手な人にやってもらって保存する、みたいなアーカイブ作りが大事ではないかと思う(そういうのにはちゃんと国が予算つけて専門の博物館とかで整理すべき。無料でネットで聴けるようになるとなおよい)。

今の時代にリボンの騎士を「男女の間のアイデンティティを持つ」の書くのってまあまあ古臭いしな 別にいいんじゃないかそこ捨てて新解釈リボンの騎士でも だいたい男女の間のアイデンティティという考え自体が男女二元論に基づいてて古いと思うし

手塚治虫の男女観、子宮を取った女性は男装して男として生きていく、みたいな世界観だからな……(それだけ時代が違って抑圧が強かったということでもありましょうが)

LGBTQを期待される題材だが、そもそも宝塚的な要素でしかなくて、これを通してLGBTQテーマをやるのはムリ、というのは、かなり的確で誠意ある原作の読み解きとは思う

企画だけ先走っちゃった感じかな……(男と女の間を生き来するヒーロー、今やるなら作り手に当事者性とか、それがなくても知識がいるし、それを踏まえたうえで男女二元論に生きてる人に受けるものを作るのはかなりたいへんとは思う)

「せっかく多忙な日程をやりくりして行ったのに逆効果」みたいな言葉が関係者から出てる時点で(それがほんとなら)、その時点であ~政府は被災地のこと対して考えてなくて普通にPRのために行ったんすかねという感想になる 況や当の首相をやよ

『リボンの騎士』をリメイクしますっつって、「主人公は男と女の狭間のアイデンティティを持つ」って設定を捨ててくるのすげえな!! そこさえ守っとけば他の何を変えても「まあリボンの騎士ではあるか…」とは言えそうなものを、マジで何の話かわからん!!

いまの社会情勢について、政治家やマスコミ、あるいは学者といった層への責任追及は多いが、同じぐらい私たち大人(マクロ)の責任があるでしょう。わかりやすさへの支持、他者への信頼や尊厳の低下、共感ベースを過剰に拡大した結果の陣営化。無責任か無限責任か、日本スゴイか日本ダメかという極論化。 こう、太平洋戦争の戦争責任論議が今だ途上なのこの辺なんだろうな(話の根拠ない飛躍がすごい)

70年代ぐらいで石ノ森章太郎が本家としてアンチヒーロー的ヒーローは日本でだいぶ流通していだし、極北にまで達していたから80年代以降に「社会的に正しいのはわかんないけど“あえて”正義やってまーす」みたいな身振りが必要になったという歴史的経緯があるのです。これが日本人がちいかわで島二郎を見た時に「あ、野生の気のいいおっちゃんだ!」と思えず、彼が正義である理由を延々考えるハメになってる理由です(ウソです)。

デロリンマン - Wikipedia

ja.wikipedia.org

〇〇怪獣バスコドン(二代目)@vascodon.bsky.social · 2d ago

デップーってニアリーのキャラを考えるとジョージ秋山の『デロリンマン』なんだろうけど、デロリンマンはドンキホーテで、デップーは自覚的なコメディアンでもある点がだいぶ違うよな

映画で見るとスパイダーマンのことを毎回好きになって、その理由の何割かはやっぱり「市民と一緒に応援できるから」だろうし、つまり不殺のお人好しヒーローであるからなんだよな……。